剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「情報って……アスモデウスや流行りの美容法についてかい?」

 アスモデウスは破壊魔神の名前だ。美や自信などの概念を司り、元は天使だったとも言われている。もちろん実存はせず、民間伝承の中だけに留まる存在だ。

 昔からこういった類の魔女や悪魔、幽霊などは、夜遅くや危険なところに出歩かないよう大人から子どもへ戒めを込めて話されるものもあれば、暇な貴族たちの道楽的なものとして話題になったりする。

 しかしこのアスモデウスに関して、ここ最近、街では妙な話が出回っていた。

 主に若い娘たちの間で賑わっており、アスモデウスは青年に化けて、気まぐれに出会った女性に美しさを与える。肌は白くなめらかになり、ドレスの似合う綺麗なボディラインになれるのだと。

 本来、恐ろしく畏怖の対象とされるアスモデウスが、まるで憧れの存在として扱われていることにセシリアは違和感を覚えていた。

 しかし、世俗的には面白ければ広まるのはあっという間だ。真偽など大きな問題ではない。とくにお喋り好きな女性が中心ともなれば、話の内容はさらに加速していく。

 アスモデウスに見初められるにはどうすればいいのか、彼に会うためにはどうすればいいのかなども付随している。

 以前、ルディガーが街で聞いた噂は貴族間にも広まっていた。正確にはそちらが発祥なのか。“アスモデウス”と固有名詞がわざわざ出てくるくらいだ。

 ある程度、知識のある人間が言い出した可能性がある。そもそもアスモデウスなど、この噂で初めて存在を知った人間も多いはずだ。それくらいの知名度だった。
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