剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「で、なにがあった? いくら昔からの知り合いとはいえ、こんな時間に男の元を訪れるもんじゃない。それくらいわかるだろ」

 珍しくルディガーが非難めいた言い方でセシリアをたしなめる。その一方で机から椅子を引き、セシリアの方に向けた。座れという意味なのは伝わったがセシリアは応じず、立ったままルディガーを見据えた。

「なら、どうして部屋に入れたんです?」

 セシリアの問いに、ルディガーの動きが一瞬止まる。気まずそうに視線を彼女から外した。

「そりゃ、追い返しはしないさ。なにかあったんだろ? シリーは大事な妹みたいな存在で……」

 いつもの調子で言いかけてルディガーは口をつぐむ。セシリアはこの言い分を嫌っている。

「そうですね、正式には明日からの着任なので私はまだあなたの妹分みたいなものです」

 ところが、セシリアはルディガーに文句をつけるどころか、あっさりと肯定した。昼間とは態度の異なるセシリアにルディガーは若干の違和感を抱く。

 内容とは裏腹に言い方も声も部下的なもので、きっちりと線引きされている気がしたから余計にだ。透明の壁が自分たちを隔てている気がした。

「その立場に甘えて、ひとつご相談したいことがあるんですが……」

 どうやら、ここからが本題らしい。小さくも凛としたセシリアの声がルディガーの耳にしっかりと届く。

 セシリアは自分の声よりも心臓の音がうるさくて、緊張で口の中が乾くのを唾液を嚥下して誤魔化した。一拍の間が空き、彼女の形のいい唇が動く。
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