剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「一度だけでかまいませんので、私と閨を共にしていただけませんか?」

 頭を鈍器で殴られたと錯覚するほどの衝撃を受ける。ルディガーは広がる動揺を顔には出さず、大きく目を見開いた後でおもいっきり眉をひそめた。

「なに言ってるんだよ」

 あからさまに怒気の含まれた声色にセシリアは冷静に続ける。

「冗談でも、あなたの反応を試したいわけでもありません。必要なことなのでお願いしているんです」

 そこで言葉を止めて、セシリアはふいっとルディガーから視線を逸らした。

「団員として諜報活動をする際に、情報を得るため標的と寝る必要があるかもしれませんし、敵に捕えられ手酷い扱いを受けるかもしれません。覚悟があっても経験がないのは、やはり幾分か不安があるので」

 極力、論理的にセシリアは説明した。どうしても女性団員の方がリスクは高いのは周知の事実だ。

 ルディガーも昼間、それを言いかけたのだろう。准団員時代はもちろん、その前に父からも散々聞かされ、祖母にも心配された。

 けれど逆に考えれば、女性だから出来ることもある。女を武器にして、欲しい情報が得られるなら使わない手はない。

 ルディガーやスヴェンには、もっと上に行ってもらわなければ。そのためなら……

「……セドリックが聞いたら泣くぞ」

 ふと呟かれた言葉は、セシリアの癇に障った。

「兄を言い訳にしないでください!」

 反射的に、感情を露わにして言い返す。けれどすぐに平静さを取り戻した。

「死者は泣きませんよ」

 ぐっと喉の奥を振り絞り声を出すと、耳鳴りがするほどの静けさが訪れた。
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