剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「シリー」

 名前を呼び、ルディガーはセシリアの頭を撫でる。

 その呼び方は嫌いだ。触れ方も。彼がいつまでたっても自分を子ども扱いしているようで、妹だと言われている気がして。

 もしも部屋を訪れたのが別の女性だったら、たとえば元婚約者のエルザだったら彼はどんな態度を取っていたのだろう。

 考えては虚しさが広がっていく。するとルディガーがふと尋ねた。

「つらい?」

 それは体がなのか、心が? 

 思えばルディガーはいつも曖昧な言い方をしながらも核心に触れてくる。セシリアは言葉にはせず静かにかぶりを振った。

 ルディガーは固く握られているセシリアの左手を取り、やんわりと指を開かせる。掌には爪跡がくっきりと残り、赤くなっていた。労わるようにその手を口元に持っていき、彼女の掌に口づける。

 一連のルディガーの動作をセシリアは目を逸らせずに見つめていた。そして不意に視線が交わる。彼の表情は今まで見たことのない、妙な色香を孕んだ大人の男のものだった。

「なら、今は俺のことだけ考えてればいい」

 ひとり握っていた手に指が絡められ、ベッドに縫い付けられる。温かさに安堵してまた涙腺が緩みそうになる。

 それはこっちの台詞なのに。

 今だけでも、一瞬だけでも、自分のものになってくれたら……。

 心の中でそっと呟いて、セシリアは感情のスイッチを無理やり切る。最初で最後だと言い聞かせ、セシリアは余計な考えを止めて素直に身も心も彼に委ねた。
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