剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「それならベテーレンの花が原因だろ」

「ベテーレン?」

 資料を整理していた手を止め、セシリアはジェイドに聞き返す。ジェイドはセシリアの方を見ずに薬品を調合していた。彼は平然としていたが、離れていても鼻をつく刺激臭が隣のスペースまで匂う。

 午後からジェイドの元を訪れたセシリアは、約束通り私服だ。ゆったりとした白いシフトドレスに淡い水色のステイズは前で編み込むタイプ、同系色のペティコートは足元まで覆われている。

 髪はゆるく編み込んだものを右肩に垂らしていて、どこからどう見ても診療所で働く町娘の風貌だ。靴は馬に乗って来たのでブーツを着用しているが。

 朝にルディガーと確認していた情報をジェイドにも告げ、ルディガーが気にしていた遺体が荒らされていなかったという疑問をジェイドにぶつけてみると、彼はあっさりと回答を寄越してきた。

「毒はないが、獣が嫌がる香りを放つんだ。手元の資料にもあるだろ」

 セシリアは成り行きで手伝う羽目になった資料の整理途中でベテーレンの項目を探す。柱頭はほんのり朱色が差し、白いいくつもの楕円形の花びらが一重に並んでいる小ぶりの花らしい。

 なんとなく見た目が愛らしく、花占いにぴったりの感じがした。

「なかなか便利な花で、微生物の働きを押さえて腐敗を遅らせる作用もあるから食物の保存にも使われたりするんだ。あとは抗凝固薬の役割なんかも果たす」

「抗凝固薬?」

 慣れない単語だったが、資料で文字を見て納得できた。目を走らせているとジェイドが補足する。

「ま、簡単に言えば血液を凝固する働きを抑えるんだ。異国では獣の血にベテーレンの花を浮かべて固まらせないようにして飲む風習なんかもある」

 想像してセシリアは思わず顔をしかめる。しかしこちらを向いたジェイドから叱責が飛んだ。
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