剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 間髪を入れないやりとりに少し間が空く。セシリアは軽く目を閉じた。

「アードラーであるあなたにご心労をおかけし、部下として自分の不甲斐なさを大変遺憾に思いますよ」

「そうじゃなくて……」

 仰々しい言い方のセシリアにルディガーが苦い顔をする。すっとセシリアの瞼が開かれた。深い穏やかな海の底を表すかのような蒼い瞳がじっとルディガーを捉える。

「元帥」

 いつもと変わらない落ち着いた声色で彼女は目の前にいる男に呼びかけた。

「私の心配は無用です。うまくやりますから。あなたはご自分のことだけを考えていてください」

 そしてセシリアは今日の任務にかかるべくさっさと部屋を出て行った。

 どうしてこうなるのか。ひとり残った部屋でルディガーは頭を掻いて項垂れた。 

「心配しないわけないだろ」

 ため息まじりに呟いた言葉は誰にも届かない。

 まったく。普段は嫌というほどこちらの心の機微に敏かったりする副官だが、この手の話はどうも噛みあわない。原因は自分にあるのだろうとルディガーも自覚してはいるのだが。

 ――いつだって心配しているよ。

 彼のダークブラウンの双眸が鋭く色めく。誰に対するわけでもない牽制めいたものだった。

「……悪い虫がつかないか、ね」

 セシリアを自分の副官にして早六年。彼女ももう二十二歳になる。自分が彼女を副官にすると決めたのが二十歳の頃なのだから、時が経つのが早い。

 頭を切り替え、ルディガーは今日の仕事に取り掛かる。夜会は明後日だ。気が進まないのが本音だが、セシリアも行くと決めたのだから渋ってはいられなかった。
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