剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 外の空気は少し湿りけを帯びていた。もしかしたら雨が降るのかもしれない。ここに来るまで馬に乗りながら受ける風が、連日に比べると冷たく感じた。

 肌をしっかりと隠す団服ではなく私服なのもあるのかもしれないが。

 ジェイドは町のあちこちを説明しながらウリエル区の南へ足を進めた。地元民ならではの入り組んだ路地を突き進む。

 アルント城から続く大通りを除くと、どの裏道はわりと狭い。屋根の高さが揃っている街並みは上から見れば美しいが、中を歩けば妙な閉塞感をもたらす。

 建物同士の距離が近いからか。くすんだ壁の色と影が合わさり、ふたりの元へはあまり太陽の光が届かず、昼間だというのに薄暗かった。

 そして道を抜けると、比較的広い場所へ出た。そこにはゆったりとした門構えの一軒家があり、庭には小さくも濃い青色の花が彩を添えている。

 ジェイドはセシリアに事情を話しもせず、ドアを叩く。さすがに状況を尋ねようとしたセシリアだが、その前に中から主が顔を出した。

「はい。って、あら?」

 初老の穏やかな雰囲気を纏う女性だった。くりっとした大きな目の色は灰色がかっていて、目尻にはそれなりに皺が刻まれている。

 肩につかない髪は、瞳の色と同じで白髪とグレーの中間だが、艶はある。ジェイドと同じく黒いコートを羽織っていた。

「こんにちは。ブルート先生」

 ジェイドが声をかけ、名前と彼女の格好でセシリアには見当がついた。ウリエル区でジェイドともうひとり医師をしている女性だ。彼女はジェイドとセシリアを交互に見つめた。
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