剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 ホフマン家はウリエル区の中でも一際大きな屋敷であり、それは主人がここ一帯の権力者なのを表していた。

 現当主ホフマン卿トビウスにとって夜会は情報交換の場であり、自分の地位を誇示するものでもある。

 夜の帳が下りてくる頃、参加者たちは徐々に集まり、皆ホフマン卿に挨拶を述べていく。

 儀礼的なものだと理解していても、誰もが自分に声をかけていく瞬間がトビウスの高揚感と自尊心を高め、彼の気持ちは浮上する一方だ。

 鼻の穴が自然と大きくなり、顔もにやけてしまう。トビウスは小太りで背もあまり高くなく、お世辞にも見目が麗しいとは言いづらいが権力者としての貫禄は十分にあった。

 なにより十八になる娘ディアナは妻に似て十分に美しい。その娘が最近、アルノー夜警団のアードラーに熱を上げている。

 この夜会は娘のためでもあった。もちろん娘のためだけではなく、娘がアードラーに嫁いだとなると自分の立場だって変わってくる。王家に近づく一歩になるのは間違いない。

 夜警団への出資は十分にしてきたし、王家へ従順な姿勢を見せてきた。しかしそれは純粋な忠誠心ではなく、すべては自分への投資だ。

 ひそかに大きな野望を抱きつつ今宵も夜会の幕が開けた。

 参加者の大半は仮面を身に纏い、素性を隠す。身分証を見せ、中に足を踏み入れるが、そこからはよっぽどでなければ自分の名を名乗ったり身分を明かしたりはしない。

 わかりきっている相手がいてもそこは暗黙の了解だ。お互いに指摘するなど無粋な真似はしない。
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