剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「それは駄目」

 静かに拒否する。そこには開けられない分厚い扉を感じた。さらに突っ込みたいところではあるが、これ以上は彼女を頑なにさせるだけだと悟り、ジェイドは追及をやめる。

「残念だ。またよかったら教えてくれないかい? 俺も試してみたいんだ」

 それを聞いてドリスはかすかに笑った。

「先生には、簡単なことよ」

「さて、そろそろお暇しましょうか。雨も降り出しそうですし」

 テレサが声をかけ、セシリアはなにげなく窓の外を見た。たしかに先ほどよりも重々しい黒い雲が空を占拠し始めている。一雨来そうだ。

 ドリスはセシリアたちを玄関まで見送り、まずはテレサに声をかけた。

「また先生のところに行っていいですか?」

「もちろんよ。いつでもいらっしゃい」

 そこでふとドリスの視線がセシリアに向けられた。セシリアは反応に困りつつ、目線を逸らさずにドリスを見つめる。ドリスはセシリアにおもむろに近づくと、勢いよく頭を下げた。

「さっきはいきなり失礼な態度を取ってごめんなさい」

 予想外のドリスの態度に意表を突かれたセシリアだが顔には出さない。ドリスは縋るようにセシリアに懇願した。

「もしもあなたがその彼と繋がりがあるなら……お姉ちゃんに会わせてあげてほしいの。彼が結婚していなくて、恋人がいないならでかまわないから」

 突然の要望にセシリアはなにも答えられなかった。ただドリスの必死さだけは伝わってきて、複雑な思いを抱く。結局曖昧に返して、一行はドリスの屋敷を後にした。
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