地雷
交際
1
「あっ、もうこんな時間だ。山岸さん。まだ帰らないかい?」
関越銀行安中支店の菊池憲太営業係長は、部下の山岸亜里沙に言った。
このフロアには、菊池係長と山岸亜里沙しかいない。
時刻は、すでに午後十時を過ぎていた。
それでも、午後八時ごろまでは八割の行員が残業していた。だが、一人帰り、二人帰りしているうちに、菊池と亜里沙だけになっていた。
関越銀行は、本店は群馬県前橋市にある地方銀行である。県内に支店が二百七十五店舗、埼玉県に百二十六店舗、栃木県に百四店舗を展開している。
菊池憲太営業係長は、現在三十五歳。独身である。高校時代、野球をしており、真剣に甲子園を目指して練習してきた。だが、三年とも県予選で敗れていた。一番成績が良かったのが二年のときの準々決勝進出であり、あとの二年は三回戦で敗れていた。
そのころ鍛えた体格は現在でも衰えておらず、がっちりとした体躯である。長めのスポーツ刈りがよく似合っている。大きな目に高い鼻は、理知的に見えた。実際、営業成績も良く、三十三歳の若さで係長に就任していた。
だが、女性との交際となると、途端に消極的になる。菊池は、それは高校が男子校だったからだと考えている。一番多感な時期に、女性が身近に一人もいないのである。必然的に女性に対してどう接してよいか分からなくなってしまう。
「ええ、もう少しで終わりそうなんですけど。ここまでやって帰ろうと思います」
亜里沙は、顔を上げ菊池を向いて笑顔で言った。
菊池は自席から立ち上がり、亜里沙の許へ行った。
「あれ。これじゃあまだまだ終わりそうもないな。じゃあ、これは俺が手伝うよ」
そう言って菊池は、書類を十枚ほど自席に運んだ。
「係長、すみません。手が遅いものですから」
亜里沙は、大きな瞳をキラキラ輝かせながら言った。
山岸亜里沙は、入行二年目の二十三歳。髪が肩までかかり、目が大きく鼻筋が通り、唇が薄い美人だった。
同期入行組は、安中支店では全員で三名であった。二人が男性で亜里沙はたった一人の女性行員だった。
亜里沙はその持ち前の美貌をひけらかすことは一切しなかった。だが、すでに菊池が知っているだけでも五人の行員が、口説いている。しかし、全員失敗に終わっていた。
ただその中に、小林宗太郎営業課長も混じっていた。小林課長は、亜里沙を愛人にしたいようで、小遣いを渡そうとして断られている。
「なに。俺はもう一段落ついたからね。早々にやっつけちゃおう」
菊池は、亜里沙からもらった書類を見ながら、パソコンに入力を始めていた。
「さあ、終わった。山岸さんはどう?」
「ええ、何とか。あとは来週にします」
亜里沙は、笑顔で答えた。
菊池は、亜里沙を真っすぐに見て言った。
「山岸さん。腹減らないかい?」
関越銀行で残業する場合、夕食を出前で済ます行員が多いが、菊池も亜里沙も今日は何も食べていなかった。
「はい。もうお腹が空きすぎて食べなくても大丈夫そうです」
「それはいけない。体に毒だ。今日は金曜日だ。明日は休みだから、どこかで食事でもしようか?」
菊池のこの何気ない一言が、菊池の今後の人生を大きく変えることになった。
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「あっ、もうこんな時間だ。山岸さん。まだ帰らないかい?」
関越銀行安中支店の菊池憲太営業係長は、部下の山岸亜里沙に言った。
このフロアには、菊池係長と山岸亜里沙しかいない。
時刻は、すでに午後十時を過ぎていた。
それでも、午後八時ごろまでは八割の行員が残業していた。だが、一人帰り、二人帰りしているうちに、菊池と亜里沙だけになっていた。
関越銀行は、本店は群馬県前橋市にある地方銀行である。県内に支店が二百七十五店舗、埼玉県に百二十六店舗、栃木県に百四店舗を展開している。
菊池憲太営業係長は、現在三十五歳。独身である。高校時代、野球をしており、真剣に甲子園を目指して練習してきた。だが、三年とも県予選で敗れていた。一番成績が良かったのが二年のときの準々決勝進出であり、あとの二年は三回戦で敗れていた。
そのころ鍛えた体格は現在でも衰えておらず、がっちりとした体躯である。長めのスポーツ刈りがよく似合っている。大きな目に高い鼻は、理知的に見えた。実際、営業成績も良く、三十三歳の若さで係長に就任していた。
だが、女性との交際となると、途端に消極的になる。菊池は、それは高校が男子校だったからだと考えている。一番多感な時期に、女性が身近に一人もいないのである。必然的に女性に対してどう接してよいか分からなくなってしまう。
「ええ、もう少しで終わりそうなんですけど。ここまでやって帰ろうと思います」
亜里沙は、顔を上げ菊池を向いて笑顔で言った。
菊池は自席から立ち上がり、亜里沙の許へ行った。
「あれ。これじゃあまだまだ終わりそうもないな。じゃあ、これは俺が手伝うよ」
そう言って菊池は、書類を十枚ほど自席に運んだ。
「係長、すみません。手が遅いものですから」
亜里沙は、大きな瞳をキラキラ輝かせながら言った。
山岸亜里沙は、入行二年目の二十三歳。髪が肩までかかり、目が大きく鼻筋が通り、唇が薄い美人だった。
同期入行組は、安中支店では全員で三名であった。二人が男性で亜里沙はたった一人の女性行員だった。
亜里沙はその持ち前の美貌をひけらかすことは一切しなかった。だが、すでに菊池が知っているだけでも五人の行員が、口説いている。しかし、全員失敗に終わっていた。
ただその中に、小林宗太郎営業課長も混じっていた。小林課長は、亜里沙を愛人にしたいようで、小遣いを渡そうとして断られている。
「なに。俺はもう一段落ついたからね。早々にやっつけちゃおう」
菊池は、亜里沙からもらった書類を見ながら、パソコンに入力を始めていた。
「さあ、終わった。山岸さんはどう?」
「ええ、何とか。あとは来週にします」
亜里沙は、笑顔で答えた。
菊池は、亜里沙を真っすぐに見て言った。
「山岸さん。腹減らないかい?」
関越銀行で残業する場合、夕食を出前で済ます行員が多いが、菊池も亜里沙も今日は何も食べていなかった。
「はい。もうお腹が空きすぎて食べなくても大丈夫そうです」
「それはいけない。体に毒だ。今日は金曜日だ。明日は休みだから、どこかで食事でもしようか?」
菊池のこの何気ない一言が、菊池の今後の人生を大きく変えることになった。