地雷
5
「ここの席よく見えるね」
亜里沙が興奮ぎみに言った。
菊池と亜里沙は五月二十九日の日曜日、東京都府中市にある東京競馬場の
A指定席に座っていた。
競馬場の指定席は、通常インターネット経由で購入するか、朝の開門時に並んで購入する。もっとも、インターネットでの購入は抽選制である。
大きなレースであるG1がある日などは、徹夜で行列ができるほどであり、開門と同時に売れ切れてしまう。
JRAは、特に人気のレースであるダービと有馬記念が行われる日は、当日の窓口販売はせずに、インターネットで購入するか、葉書で応募させ抽選で購入する。
菊池は一か月前に、インターネットで応募し抽選に当たっていた。
「そうだろう。今日はダービーが行われるから十万人くらい来場するだろうね。
恐らくごったがえしていることだろう。でも、指定席だと悠々と馬券も買えるし、見やすいからね。俺が観戦するときはいつも指定席だよ」
菊池はそう言い、馬券購入用のマークシートを二枚持ってきた。
「次のレースは自信がある。恐らく、クエノマイスターが勝つだろう。パドックを見に行こうか」
菊池は亜里沙の手を握り、パドックが見える場所まで移動した。
亜里沙が訊いた。
「ねえ、パドックって何?」
「パドックは、競馬に出走する馬が、事前にお客さんの前で周回させて馬体の状態などを見せるところだよ」
「へえ。面白そう。行ってみよう」
二人は、並んでパドックが見える位置まで移動した。
「ほら。あそこに馬が周回しているだろう。あれだよ」
そこには、次のレースに出走する十六頭の馬が、反時計回りに周回していた。
「亜里沙。三番の馬を見てみろ。首をすっと前に伸ばして、外側を歩いているだろう。それとお腹の部分がふっくらとしている。これは間違えなく好走するよ」
三番は、クエノマイスターだった。この時点での単勝オッズは、二・一倍である。
菊池が断言した。
「俺は、三番クエノマイスターの単勝を十万円買う。亜里沙はどうする?」
亜里沙は、困惑気味に菊池を見つめて言った。
「わたしは何がなんだか分からないから、けんちゃんの予想に乗るわ。わたしは、一万円買うよ」
菊池は、自分のマークシートにマークし、亜里沙の分もマークした。
「じゃあ、俺が買ってくるよ」
そう言い残し、菊池は、発売機まで行き、勝馬投票券(馬券)を買って戻ってきた。
二人はそろって指定席に戻った。
菊池が言った。
「喉が渇いたな。酒でも飲みながらやるか?」
亜里沙はびっくりした表情を浮かべ答えた。
「だってまだ午後二時すぎよ。終わってから夜飲めばいいじゃあない」
菊池は笑顔で首を横に振った。
「ここの競馬場のおつまみが美味しいんだよ。ここでしか食べられないからね。俺はビールを買ってくるけど、亜里沙はどうする?」
亜里沙は、迷った挙句に言った。
「じゃあ、レモンサワーがいいわ」
「よし分かった。すぐ買ってくるよ」
五分後、菊池はビールとレモンサワー、それに鶏の唐揚げと寿司を買って戻ってきた。
「お待ちどう。この唐揚げと寿司が旨いんだよ」
菊池は、亜里沙とパックに入った唐揚げを摘まんだ。
亜里沙は呟いた。
「美味しい!」
菊池は、満足そうに笑顔を亜里沙に向けた。
そのとき、馬券の発売締め切りのベルが鳴った。
「何? 今のベルは」
「あれは、このレースの発売を締め切ったという合図のベルだよ」
菊池はビールを一口飲んで言った。
まもなく、前方の馬場を疾走していた馬が、指定の位置に集まった。
菊池が亜里沙に言った。
「発走だ。赤い帽子に注目しておけ。それが三番クエノマイスターだよ」
発走ゲートが開き、十六頭が一斉にスタートした。距離は千六百メートルである。三番クエノマイスターは、中段の好位につけていた。実況の声が流暢に状況を説明している。
各馬は、第四コーナーを回った。周囲の客から大きな声が飛んでいた。「差せ」や「そのまま」あるいは番号を絶叫していた。菊池は涼しい顔でビールを飲んでいる。
後二百メートルというところで、三番クエノマイスターが一頭抜き先頭に立った。そのままゴール板を駆け抜けた。
菊池は大きく頷いた。
「やっぱりクエノマイスターは強かったね」
亜里沙は興奮して、菊池に抱きついてきた。
「さすがけんちゃんね。わたしはいくら儲かったの?」
菊池は、壁に掛かっている画面を見ながら言った。
「最終オッズが、単勝二・二倍だから一万二千円の儲けだよ」
「じゃあ、けんちゃんは十二万円も儲かったの?」
菊池は頷いた。
「そうだね。じゃあ、このお金で何か買ってあげるよ」
二人は、その後ダービーでも勝ち、最終レースの目黒記念が始まる前に帰途についた。
この日の晩、亜里沙は菊池の最後の侵入を遂に許した。
「ここの席よく見えるね」
亜里沙が興奮ぎみに言った。
菊池と亜里沙は五月二十九日の日曜日、東京都府中市にある東京競馬場の
A指定席に座っていた。
競馬場の指定席は、通常インターネット経由で購入するか、朝の開門時に並んで購入する。もっとも、インターネットでの購入は抽選制である。
大きなレースであるG1がある日などは、徹夜で行列ができるほどであり、開門と同時に売れ切れてしまう。
JRAは、特に人気のレースであるダービと有馬記念が行われる日は、当日の窓口販売はせずに、インターネットで購入するか、葉書で応募させ抽選で購入する。
菊池は一か月前に、インターネットで応募し抽選に当たっていた。
「そうだろう。今日はダービーが行われるから十万人くらい来場するだろうね。
恐らくごったがえしていることだろう。でも、指定席だと悠々と馬券も買えるし、見やすいからね。俺が観戦するときはいつも指定席だよ」
菊池はそう言い、馬券購入用のマークシートを二枚持ってきた。
「次のレースは自信がある。恐らく、クエノマイスターが勝つだろう。パドックを見に行こうか」
菊池は亜里沙の手を握り、パドックが見える場所まで移動した。
亜里沙が訊いた。
「ねえ、パドックって何?」
「パドックは、競馬に出走する馬が、事前にお客さんの前で周回させて馬体の状態などを見せるところだよ」
「へえ。面白そう。行ってみよう」
二人は、並んでパドックが見える位置まで移動した。
「ほら。あそこに馬が周回しているだろう。あれだよ」
そこには、次のレースに出走する十六頭の馬が、反時計回りに周回していた。
「亜里沙。三番の馬を見てみろ。首をすっと前に伸ばして、外側を歩いているだろう。それとお腹の部分がふっくらとしている。これは間違えなく好走するよ」
三番は、クエノマイスターだった。この時点での単勝オッズは、二・一倍である。
菊池が断言した。
「俺は、三番クエノマイスターの単勝を十万円買う。亜里沙はどうする?」
亜里沙は、困惑気味に菊池を見つめて言った。
「わたしは何がなんだか分からないから、けんちゃんの予想に乗るわ。わたしは、一万円買うよ」
菊池は、自分のマークシートにマークし、亜里沙の分もマークした。
「じゃあ、俺が買ってくるよ」
そう言い残し、菊池は、発売機まで行き、勝馬投票券(馬券)を買って戻ってきた。
二人はそろって指定席に戻った。
菊池が言った。
「喉が渇いたな。酒でも飲みながらやるか?」
亜里沙はびっくりした表情を浮かべ答えた。
「だってまだ午後二時すぎよ。終わってから夜飲めばいいじゃあない」
菊池は笑顔で首を横に振った。
「ここの競馬場のおつまみが美味しいんだよ。ここでしか食べられないからね。俺はビールを買ってくるけど、亜里沙はどうする?」
亜里沙は、迷った挙句に言った。
「じゃあ、レモンサワーがいいわ」
「よし分かった。すぐ買ってくるよ」
五分後、菊池はビールとレモンサワー、それに鶏の唐揚げと寿司を買って戻ってきた。
「お待ちどう。この唐揚げと寿司が旨いんだよ」
菊池は、亜里沙とパックに入った唐揚げを摘まんだ。
亜里沙は呟いた。
「美味しい!」
菊池は、満足そうに笑顔を亜里沙に向けた。
そのとき、馬券の発売締め切りのベルが鳴った。
「何? 今のベルは」
「あれは、このレースの発売を締め切ったという合図のベルだよ」
菊池はビールを一口飲んで言った。
まもなく、前方の馬場を疾走していた馬が、指定の位置に集まった。
菊池が亜里沙に言った。
「発走だ。赤い帽子に注目しておけ。それが三番クエノマイスターだよ」
発走ゲートが開き、十六頭が一斉にスタートした。距離は千六百メートルである。三番クエノマイスターは、中段の好位につけていた。実況の声が流暢に状況を説明している。
各馬は、第四コーナーを回った。周囲の客から大きな声が飛んでいた。「差せ」や「そのまま」あるいは番号を絶叫していた。菊池は涼しい顔でビールを飲んでいる。
後二百メートルというところで、三番クエノマイスターが一頭抜き先頭に立った。そのままゴール板を駆け抜けた。
菊池は大きく頷いた。
「やっぱりクエノマイスターは強かったね」
亜里沙は興奮して、菊池に抱きついてきた。
「さすがけんちゃんね。わたしはいくら儲かったの?」
菊池は、壁に掛かっている画面を見ながら言った。
「最終オッズが、単勝二・二倍だから一万二千円の儲けだよ」
「じゃあ、けんちゃんは十二万円も儲かったの?」
菊池は頷いた。
「そうだね。じゃあ、このお金で何か買ってあげるよ」
二人は、その後ダービーでも勝ち、最終レースの目黒記念が始まる前に帰途についた。
この日の晩、亜里沙は菊池の最後の侵入を遂に許した。