地雷
派遣

     1

 だが、楽しい時間は長く続かなかった。
 六月の第二日曜日、亜里沙はNGO「ピースワールド」の事務局に出向くと、髪が半分白くなり、痩せぎすの老眼鏡を掛けた植田守事務局長に呼ばれた。
「君を呼んだのは他でもない。そろそろ君もカンボジアに行って、地雷除去に当たってほしいんだ」
 亜里沙は植田に訊いた。
「いつからですか? 勤め先のこともあるのではっきりさせておかなければならないんですけど」
 植田は、老眼鏡の位置を整えながら言った。
「今派遣している組のうちの一人が、体調を崩して今月末で帰国する。その交代要員として行ってほしい」
「体調を崩したとは具体的にはどういうことですか?」
「カンボジアはとにかく暑い。連日四十度に達している。どうやら熱中症を引き起こしたそうだが、完全に回復しないそうだ。何しろ現地の病院は施設が劣悪だからね」
 亜里沙は頷いた。
「すると、来月始めに出発ということですか?」
「急で悪いがそうしてくれるとありがたい」
 亜里沙は黙考した。確かにカンボジアにも行きたい。だが、菊池のこともある。また関越銀行が許してくれるかどうか。
 亜里沙は、思案した挙句に答えた。
「では、明日出社して上司に事情を話してみます。その結果を電話します」
 植田は破顔して言った。
「勝手を言って申し訳ない。何しろ突然の事態で事務局側も混乱している。ぜひ君に穴埋めをしてもらうとこちらとしても助かるんだがね」
 亜里沙は確認するように言った。
「では、来月一日に出発ということでよろしいんですね?」
 植田は軽く頷いた。
「その方向で頼む」
 亜里沙は植田に訊いた。
「勤め先のこともあります。わたしは今勤めている銀行を辞めようと思っているんですが、上司がどう言うか分かりません。その結果を受けて、最終的な回答ということにさせて頂いてもよろしいですか?」
 植田は微笑して頷いた。
「そうしてくれ。今までお世話になった会社を辞めるんだから、しこりが残らないように円満にな」
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