地雷


「えっ、もうカンボジアに派遣かい。俺はまだ二、三年先だと聞かされていたけど」
 翌日、関越銀行に出勤してすぐに、菊池係長の許に亜里沙が行き、事情を説明していた。
「しかし急だな。来月の一日に出発か。その間にパスポートを取ったり、いろいろ準備があるだろう」
 菊池は、苦渋に満ちた表情を浮かべた。亜里沙は、頭を下げた。
「係長、そういうわけで今月末を持って、退職ということにして下さい。勝手を申し上げて恐縮です」
 菊池は呆然とした。しばらくして言った。
「山岸さん。退職ではなくて以前にも話したように、ボランティア休暇を取得するようにしよう。俺が課長に相談してくる」
 菊池はそう言って立ち上がり、課長席に向かった。亜里沙は自席に戻って待機している。
 小林宗太郎営業課長のでっぷりとした体が課長席に窮屈そうに収まっていた。
 菊池は、小林に話しかけた。
「課長。実は、山岸さんのことで相談したいことがあります」
 小林は、額の汗を手で拭きながら訊いた。
「一体何だね?」
「彼女がNGOの活動をしていることは、課長もご存じでしょう?」
 小林は頷いた。
「それは本人から聞いている。で、あれか? 遂にカンボジアに派遣されるのか?」
 菊池は、どう切り出したものか思案していた。ボランティア休暇のことはまだ課長と相談していなかった。自分だけで考えていたことだった。もっとも、こんなに早くその時期が来ようとは思いもよらなかったからである。
 菊池は頷いた。
「そうなんです。つい先ほど私も聞きましてね。何でも来月一日に出発するそうです」
 小林は急に不機嫌な顔つきになった。
「随分急な話じゃあないか。では、誰か変わりの行員を雇用しないとな」
 菊池は、小林が立ち上がりそうなのを手で静止した。
「課長。ボランティア休暇がありますよね。あれを彼女に適用できないでしょうか?」
 小林は首を横に振った。
「菊池。お前、自行の制度も分かっていないのかね。あれは当行が必要と認めたボランティア活動に行員が従事するときに適用されるものだ。今回の場合は、山岸君の勝手な都合だろう。ボランティア休暇は適用できないよ」
 菊池は悄然とし俯いた。
「私の解釈が間違っていたんですね。私は山岸さんの件でもこの制度が使えると思って、彼女に取得を勧めたんですが……」
 小林は立ち上がり言った。
「これから支店長に相談に行くから、お前もついてこい」
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