地雷


「そういうわけで、今回はボランティア休暇として認めて下さい」
 菊池と小林は、前原勇作支店長に頭を下げた。
 前原支店長は、痩せぎすで常に青白い顔をしている。目が細く鼻が大きい。
 前原は言った。
「でも、あの制度は、我々が自ら行先を決めてボランティアをしてもらう制度だがな」
 小林は粘った。
「山岸君は優秀な行員です。彼女をこのまま退職させたのでは、当行としても長期的に見れば損失です」
 前原は、顔色を一層青ざめさせて言った。
「山岸君が優秀なのは分かる。だけどカンボジアにはどのくらい行くのだ?」
 この問いには菊池が答えた。
「彼女の話では半年間とのことでした。ですから来年の二月には復職できます」
 前原は、中空を見つめ考え込んだ。やがて二人に言った。
「でも、行先はカンボジアだぞ。地雷除去作業だろう。その辺のゴミ拾いとは違うからな。万が一ということも考えねばならん」
 小林は前原に訊いた。
「つまり支店長は、彼女がカンボジアで事故でも起こした場合に、銀行側として責任が持てないということですか?」
「そういうことだ。地雷除去って、以前テレビでも見たが危険だろう。万が一踏んでしまった場合とかは死ぬことだってあるんだ。そんな危険な活動に対して、当行のボランティア休暇を適用すれば、万が一のことがあった場合、頭取たち役員にどう説明をするのかね?」
 菊池が言い放った。
「そのときは、私が責任を取ります。銀行も辞めます。もし銀行に損害が及ぶようでしたら、その補償もさせて頂きます。ですからお願いです。どうかボランティア休暇を認めて下さい」
 前原は唖然としていた。すぐに言葉を発しない。菊池が続けた。
「私は、彼女が入行以来、仕事のノウハウを叩きこんだつもりです。それが、たった半年間の不在のために退職しなければならないなんて悲しすぎます」
 前原は細い目を光らせて訊いた。
「菊池。お前、彼女と個人的に親しいのか?」
 菊池は、意思の力で平静を装って言った。
「別にそういうわけではありません。ただ、私の一年半の指導が無駄になることを悲しんでいるんです」
 前原は腕を組み思案した。
「ちょっと頭取に相談してみるから待っていてくれ」
 前原は、自席の電話で頭取を呼び出した。
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