地雷


「では、行ってきます」
 亜里沙は成田空港の出発ロビーで菊池に言った。
 菊池は、今日は水曜日であるが休暇を取って駆け付けたのである。
「また電話するから。カンボジアとの時差は二時間だったよな」
 亜里沙は頷いた。
「そう、日本のほうが二時間進んでいるわ。でも、ないのと一緒ね」
 出発は午前十時五十分だった。全日空八一七便である。プノンペンには午後四時四十分に到着する。
 菊池は軽く頷き言った。
「充分気をつけろよ。また来年の二月に会おう」
 亜里沙は、手を振りながら搭乗ゲートを進んでいき、やがて見えなくなった。
 出発ロビーには、NGOピースワールドの職員も総出で見送りに来ていた。その中の痩せぎすで眼鏡を掛けた初老の男性が、菊池に近づいてきた。
「私はNGOピースワールドの事務局長の植田です。あなたは山岸さんの交際相手の方ですか?」
 菊池は頷いた。すると植田は厳しい顔つきで言った。
「我々の活動については、どの程度山岸さんからお聞きになっていらっしゃいますか?」
「カンボジアの地雷除去、半年間の派遣といったところです」
 植田は頷いて続けた。
「危険性などは聞いていますよね」
「ええ、もちろんです」
 植田は首を捻りながら言った。
「それにしては、あなたのような立派な方が交際相手だ。我々の活動に従事する者に恋愛を禁止しているわけではありませんが、そういう危険な作業をするので、ほとんどの者が独身で交際相手もいません。あなたは、随分と包容力がおありなんでしょうね」
 菊池は苦笑して答えた。
「別に私に包容力があるとは思っておりません。ただ彼女とは自然の成り行きで交際しているだけです」
 植田は、厳しい表情を緩め微笑して言った。
「では、彼女も全然知らない土地に半年間も行くんです。しかも現地は連日の猛暑。で、地雷の除去をするんです。どんなに心細いか容易に想像がつきます。どうか頻繁に電話してあげて下さい」
 菊池は頷いて、植田に訊いた。
「植田さんたちは、現地で活動することはないんですか?」
 植田は微笑しながら答えた。
「我々事務局の人間も、若いころは皆現地に行っています。私も二十三歳のときに二年間派遣されました」
「植田さんは、危険と思ったことはなかったんですか?」
 植田は苦笑しながら言った。
「それは毎日危険と隣り合わせでしたよ。当時はカンボジア内戦も勃発しておりましてね。地雷除去だけではなく、戦闘に巻き込まれそうになったこともありました。ただね、現地の子供が我々の活動の姿を見る顔つきを見ると、皆満面の笑みだったんですよ。それで今でもこの活動が辞められないんです」
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