地雷


「本当。明後日から来てくれるの?」
 その日の晩、菊池は亜里沙に定時連絡をしていた。電話口の亜里沙は嬉しさのあまり、声が上擦っていた。
「ああ。課長に嘘を言って休暇をもらったよ。一応来週いっぱい休暇となった」
「まあ、何と嘘をついたの?」
「母親が脳梗塞で入院し、危篤だと言っておいた」
「何て悪い人だこと。でも嬉しいわ。明日、プノンペンに午後四時四十分に着くのね」
「そうだ。どうやら日本からプノンペンに行くには、その一便しかないようだからね。それと明日ビザを取得するために大使館に行ってくる。一日で発行されるらしい」
「じゃあ、着いたら空港で待っててね。けんちゃん、クメール語話せないでしょう?」
「クメール語?」
「そうよ。カンボジアの母国語はクメール語よ。英語はほとんど通じないわ」
「それは困ったな。亜里沙が一緒にいてくれているときはいいけど、一人のときにはどうしよう?」
「ホテルの従業員は話せるでしょうけどね」
「じゃあ、一人のときはどこにも外出できないな。夜は亜里沙が来てくれるからいいけどね」
 亜里沙は、何事かを考えている様子で、しばし沈黙した。だがやがて言った。
「だったら、けんちゃんも地雷除去作業を一緒にやろうよ」
 菊池は虚空を見据えた。電話口から亜里沙の声が続いた。
「わたしだって、けんちゃんの趣味に付き合ったじゃあない。わたしの活動にも協力してみない」
「そんなどこの誰だか知らない人間が、いきなり参加できるのか?」
「できるわよ。猫の手も借りたいとはまさにこのことよ。人手不足なのよ。それにボランティアだからオープン参加よ」
 菊池はしばし逡巡した後言った。
「分かった。とりあえず一日やってみるよ。ところでどうだ、そこのボランティアの仲間とも随分打ち解けてきたろう」
「そうね。毎日寝食を共にするからね」
 菊池は、昨晩心に浮かんだカンボジアでの恋敵について訊いてみた。
「ところで、亜里沙が派遣されているボランティアの集団の中にも、若い男はいるんだろう?」
 電話口の亜里沙が笑い出した。
「あれ。もしかしてけんちゃん、変な誤解をしている?」
「いや、そういうわけではないんだけど……」
「大丈夫よ。確かに若い男性が多いわ。だけど、変わった人が多くてわたしついていけないんだよ。けんちゃんも作業したら分かるわよ」
< 18 / 29 >

この作品をシェア

pagetop