地雷


「と言っても、もう〇時過ぎだな。安中で営業しているところといったら、ファミリーレストランくらいしかないな。それとも山岸さん、お酒でも飲みに行こうか?」
 菊池は亜里沙に言った。亜里沙はしばし黙考した。どうしたものか考えているのだろうか。
「山岸さんは、会社の飲み会でもいつもたくさん飲まされているよね。だけど全く酔ったとことを見たことがない。よほど強いんだね」
 亜里沙は、俯いて黙っていた。
 菊池は決断した。
「よし。では、この先にあるとり平にでも行こう。あそこは朝の五時までやっているから」
 亜里沙は、顔を上げ菊池を見ながら言った。
「係長のお誘いであれば、わたしはついて行きますよ」
 二人に夜風が当たっていた。桜の季節が過ぎているため、生暖かい。亜里沙のピンクのチェスターコートが街灯の明るさで光っていた。
 菊池は、スマートフォンを取り出し、タクシーの営業所に電話した。この辺りは流しのタクシーは皆無だった。必要があれば、営業所に電話するしかなかった。
 五分後、タクシーは銀行前で二人を乗せた。
「とり平まで行ってくれ」
 運転手は、無言で車を走り出した。
 菊池は亜里沙に何を話したらいいか分からなかった。こういう場合にはどうすればいいのだろうか? 女性と交際したことのない菊池には皆目見当もつかなかった。
 亜里沙も黙って車窓から外を眺めている。
 これから二人でとり平に行ったとしても、何を話したらいいのだろう。まさか、仕事の話だけというわけにはいかないだろう。かと言って、私生活についてどこまで突っ込んでいいものだろうか? ああ、こういうとき、村尾良一主任がいたらいいのにな、と思った。
 村尾良一は、女性を楽しませる話術を持っている。だから、女性行員だけではなく、取引先などの多くの女性と親しく話している。
 あれは、どこから学べばいいのだろうか? やはり生まれ持った天性だろう。菊池がそうこう考えているうちに、タクシーはとり平の駐車場に着いた。
 結局、タクシーの中で、菊池の亜里沙は一言も言葉を交わさなかった。
 菊池は、黙って店に向かって進んだ。亜里沙は後を追いかけてくる。
 店内は、時間が遅いため空いていた。
 一番奥の個室に陣取った。
 菊池は亜里沙に尋ねた。
「仕事以外で、飲みにくることはあるの?」
 亜里沙は、頬を少し赤らめて答えた。
「いいえ。職場での飲み会以外は、こういう居酒屋にくることはありません」
 そのとき、若い女性のアルバイト店員が注文を訊きにきた。
 菊池は亜里沙に訊いた。
「何を頼む?」
「係長にお任せします」
 菊池は、生ビール二つと適当におつまみを頼んだ。
 店員が去った後菊池が訊いた。
「だけど最近の若い女性は、よく居酒屋とかに来ると聞いたことがあるけどね」
 亜里沙は、頬をさらに赤く染めて言った。
「確かにそういう人もいるでしょうけど、わたしは行きません。今日は特別ですよ」
「今日は特別?」
 菊池は、何と答えていいか分からず、口を噤んだ。
 ビールのジョッキが二つ運ばれてきた。
 やれやれ、これからどうしようか?
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