地雷
治療
1
「大変だ。山岸さんが重症を負っている。カンボジアの日本大使館に連絡だ」
この作業のリーダーである牧野亮は、皆に大声で言った。
カンボジアでは、救急車の数が限られている。そのため、外国人が負傷し緊急を要する際には、大使館に連絡し、大使館からカンボジアの病院を紹介してもらったり、緊急帰国の手続きを取ることになっている。
牧野が、大急ぎで宿舎に戻った。どうやら大使館に連絡しているらしい。
菊池は、亜里沙の髪を擦りながら言った。
「大丈夫だ。今大使館に連絡にしているから」
だが、亜里沙は何も答えない。意識がなかった。
どうしよう。このまま死んでしまうのか? 菊池は我を忘れて宿舎に走っていた。
宿舎の中では、牧野亮が依然として電話をしていた。菊池はその姿を呆然と見つめていた。
やがて電話が終わった。
牧野は菊池に向き直り言った。
「これからプノンペンにあるサン・セントラル・クリニックに搬送します。そこで応急処置をしてもらいます。あとのことは今のところ何とも言えません」
ここで、菊池と牧野は初対面の挨拶を交わした。
「そうですか。あなたが山岸さんの彼氏ですか。心配ですよね。私の注意が足りなくてこんなことになってしまい、本当に申し訳ありません」
菊池は首を横に振った。
「別にあなたの責任ではありません。それだけ危険な作業ということですよ」
菊池はかろうじてそう答えた。
そのとき、亜里沙が倒れている付近に一台の車が停まった。
「あれが日本大使館の車です。我々も一緒に行きましょう」
牧野がそう言って、宿舎から出ていった。菊池も急いで後を追った。
車の傍まで走ってくると、亜里沙は既に車に乗せられているところだった。左足も車内に入れていた。
「あなたが責任者の牧野さんですか?」
「そうです」
「では車に乗って下さい。それからあなたは?」
菊池は、大使館員の言葉に何の抵抗もなく答えた。
「彼女の婚約者です」
大使館員は頷いた。
「では、あなたも一緒に病院まで行きましょう」
菊池と牧野、亜里沙を乗せた車は、サン・セントラル・クリニックを目指していた。
車内には、重い空気が充満していた。
やがて、牧野はスマートフォンを取り出し、電話を掛けた。
「そうです。山岸さんが。えっ、じゃあこれからすぐに来て下さい。あっ、そうか、明日じゃあないと飛行機がない。分かりました。お願いします」
電話を切ると、牧野は菊池に言った。
「ピースワールドの植田事務局長に連絡しました。明日の飛行機でこちらに来るそうです」
菊池は、一番心配していたことを誰にともなく訊いた。
「彼女は助かるんでしょうか?」
皆答えない。車の走行音だけが耳に響いた。
やがて大使館員が答えた。
「先刻、この車に乗せたときには、まだ息がありました。ただ左足が欠損して、患部から血が流れています。止血処置はしましたが一刻を争う状況です」
車の中は、再び沈黙が流れた。
亜里沙を見ると、まるで眠っているように表情一つ動かさなかった。
ようやく病院に到着した。
大使館員二人は、亜里沙を抱きかかえ病院内に入っていった。菊池と牧野も続いた。
大使館員から事前に事情を聞いていたのであろう、すぐに禿頭で眼鏡を掛けた痩せぎすの初老の男性が、亜里沙を診察室に連れて行った。
あの禿頭が医者であろうか? 菊池が病院の廊下に立っていると、その禿頭は言った。
「私は日本人医師です。浅野大作と申します。これから緊急手術をします」
そう言い残し、診察室に消えた。
1
「大変だ。山岸さんが重症を負っている。カンボジアの日本大使館に連絡だ」
この作業のリーダーである牧野亮は、皆に大声で言った。
カンボジアでは、救急車の数が限られている。そのため、外国人が負傷し緊急を要する際には、大使館に連絡し、大使館からカンボジアの病院を紹介してもらったり、緊急帰国の手続きを取ることになっている。
牧野が、大急ぎで宿舎に戻った。どうやら大使館に連絡しているらしい。
菊池は、亜里沙の髪を擦りながら言った。
「大丈夫だ。今大使館に連絡にしているから」
だが、亜里沙は何も答えない。意識がなかった。
どうしよう。このまま死んでしまうのか? 菊池は我を忘れて宿舎に走っていた。
宿舎の中では、牧野亮が依然として電話をしていた。菊池はその姿を呆然と見つめていた。
やがて電話が終わった。
牧野は菊池に向き直り言った。
「これからプノンペンにあるサン・セントラル・クリニックに搬送します。そこで応急処置をしてもらいます。あとのことは今のところ何とも言えません」
ここで、菊池と牧野は初対面の挨拶を交わした。
「そうですか。あなたが山岸さんの彼氏ですか。心配ですよね。私の注意が足りなくてこんなことになってしまい、本当に申し訳ありません」
菊池は首を横に振った。
「別にあなたの責任ではありません。それだけ危険な作業ということですよ」
菊池はかろうじてそう答えた。
そのとき、亜里沙が倒れている付近に一台の車が停まった。
「あれが日本大使館の車です。我々も一緒に行きましょう」
牧野がそう言って、宿舎から出ていった。菊池も急いで後を追った。
車の傍まで走ってくると、亜里沙は既に車に乗せられているところだった。左足も車内に入れていた。
「あなたが責任者の牧野さんですか?」
「そうです」
「では車に乗って下さい。それからあなたは?」
菊池は、大使館員の言葉に何の抵抗もなく答えた。
「彼女の婚約者です」
大使館員は頷いた。
「では、あなたも一緒に病院まで行きましょう」
菊池と牧野、亜里沙を乗せた車は、サン・セントラル・クリニックを目指していた。
車内には、重い空気が充満していた。
やがて、牧野はスマートフォンを取り出し、電話を掛けた。
「そうです。山岸さんが。えっ、じゃあこれからすぐに来て下さい。あっ、そうか、明日じゃあないと飛行機がない。分かりました。お願いします」
電話を切ると、牧野は菊池に言った。
「ピースワールドの植田事務局長に連絡しました。明日の飛行機でこちらに来るそうです」
菊池は、一番心配していたことを誰にともなく訊いた。
「彼女は助かるんでしょうか?」
皆答えない。車の走行音だけが耳に響いた。
やがて大使館員が答えた。
「先刻、この車に乗せたときには、まだ息がありました。ただ左足が欠損して、患部から血が流れています。止血処置はしましたが一刻を争う状況です」
車の中は、再び沈黙が流れた。
亜里沙を見ると、まるで眠っているように表情一つ動かさなかった。
ようやく病院に到着した。
大使館員二人は、亜里沙を抱きかかえ病院内に入っていった。菊池と牧野も続いた。
大使館員から事前に事情を聞いていたのであろう、すぐに禿頭で眼鏡を掛けた痩せぎすの初老の男性が、亜里沙を診察室に連れて行った。
あの禿頭が医者であろうか? 菊池が病院の廊下に立っていると、その禿頭は言った。
「私は日本人医師です。浅野大作と申します。これから緊急手術をします」
そう言い残し、診察室に消えた。