地雷
2
大使館員が帰り、菊池と牧野は病院に設置してある長椅子に座った。
牧野が菊池に言った。
「山岸さんの勤め先に連絡しなくてもいいんですか?」
菊池も先刻からそのことを考えていた。だが、自分がカンボジアから電話をしているというのはいかにもまずい。何しろ休暇で東京の母を看病していることになっている。
「もう少し様子がはっきりしたら連絡します。彼女は今、ボランティア休暇を取得中です。来年の一月までは休みになっています」
再び沈黙が流れた。消毒液の臭いが充満している。
亜里沙は助かるだろうか? 菊池の心は平静を失っていた。
やがて診察室から浅野医師が姿を現した。その頭が淡い電灯の灯りに反射し光っていた。
浅野は、菊池と牧野を等分に見ながら言った。
「応急手術は終わりました。もう命に別状はありません。今は麻酔で眠っています。ただ欠損した左足ですが、当院では設備がないので縫合できません。その手術は帰国後に形成外科で受けて下さい。私から日本の病院には連絡しておきます」
菊池は大きな溜息をついた。ああ、亜里沙は助かったんだ。後は左足がうまく縫合されれば文句なしだ。
浅野が続けた。
「先ほど、外務省に連絡しておきました。あなたがたの活動が立派な社会貢献だということで、日本政府が専用機を既に飛ばしています。あと一時間くらいでプノンペン国際空港に到着します。それに乗って帰国し、文教大学附属病院で左足の縫合手術を行って下さい」
菊池と牧野は揃って頭を下げた。
牧野は、ちょっと失礼、と言って、スマートフォンを取り出し病院外に出て行った。
菊池は浅野に催促した。
「亜里沙に会わせて下さい」
浅野は頷いた。
「どうぞ、こちらへ」
亜里沙は、穏やかな顔をしてベッドで眠っていた。ただ左足の付け根の部分の包帯が痛々しい。
菊池は亜里沙の顔を撫でた。その様子を後で見ていた浅野が菊池に訊いた。
「彼女はあなたの奥さんですか?」
菊池は微笑し答えた。
「いいえ。まだ付き合い始めたばかりです」
すると浅野は厳しい口調で言った。
「今後は、二度とこんな危険な目に合わせたらいけませんよ。意識が回復したらよく言って聞かせなさい」
菊池は頷いた。
「そうします」
このとき、牧野が戻ってきて、皆を等分に見ながら言った。
「外に外務省の方が見えています。もう出国準備は整ったそうです」
大使館員が帰り、菊池と牧野は病院に設置してある長椅子に座った。
牧野が菊池に言った。
「山岸さんの勤め先に連絡しなくてもいいんですか?」
菊池も先刻からそのことを考えていた。だが、自分がカンボジアから電話をしているというのはいかにもまずい。何しろ休暇で東京の母を看病していることになっている。
「もう少し様子がはっきりしたら連絡します。彼女は今、ボランティア休暇を取得中です。来年の一月までは休みになっています」
再び沈黙が流れた。消毒液の臭いが充満している。
亜里沙は助かるだろうか? 菊池の心は平静を失っていた。
やがて診察室から浅野医師が姿を現した。その頭が淡い電灯の灯りに反射し光っていた。
浅野は、菊池と牧野を等分に見ながら言った。
「応急手術は終わりました。もう命に別状はありません。今は麻酔で眠っています。ただ欠損した左足ですが、当院では設備がないので縫合できません。その手術は帰国後に形成外科で受けて下さい。私から日本の病院には連絡しておきます」
菊池は大きな溜息をついた。ああ、亜里沙は助かったんだ。後は左足がうまく縫合されれば文句なしだ。
浅野が続けた。
「先ほど、外務省に連絡しておきました。あなたがたの活動が立派な社会貢献だということで、日本政府が専用機を既に飛ばしています。あと一時間くらいでプノンペン国際空港に到着します。それに乗って帰国し、文教大学附属病院で左足の縫合手術を行って下さい」
菊池と牧野は揃って頭を下げた。
牧野は、ちょっと失礼、と言って、スマートフォンを取り出し病院外に出て行った。
菊池は浅野に催促した。
「亜里沙に会わせて下さい」
浅野は頷いた。
「どうぞ、こちらへ」
亜里沙は、穏やかな顔をしてベッドで眠っていた。ただ左足の付け根の部分の包帯が痛々しい。
菊池は亜里沙の顔を撫でた。その様子を後で見ていた浅野が菊池に訊いた。
「彼女はあなたの奥さんですか?」
菊池は微笑し答えた。
「いいえ。まだ付き合い始めたばかりです」
すると浅野は厳しい口調で言った。
「今後は、二度とこんな危険な目に合わせたらいけませんよ。意識が回復したらよく言って聞かせなさい」
菊池は頷いた。
「そうします」
このとき、牧野が戻ってきて、皆を等分に見ながら言った。
「外に外務省の方が見えています。もう出国準備は整ったそうです」