地雷


 亜里沙は、先刻から考えていた。なぜ係長はこうも言葉を選んで話しかけてくるのか? これまで自分に言い寄ってきた男性は、もっとガツガツしていた。
 亜里沙は、その姿が嫌だった。自分の容姿や、ファションセンスなどを褒めるのだ。そして必ず俺と付き合おう、と早々と発言する。そんな軽率な男性には魅力を感じなかった。
 亜里沙は、求める男性像として自分にはないもの、自分の空隙を埋めてくれる存在、そういったものを求めていた。具体的には愛情である。
 亜里沙は、自分のことを功利主義者だと思っている。無駄な買い物をしない、無駄な時間を使わない。
 そこで空いた時間やお金を、NGOピースワールドに費やしたいと考えていた。亜里沙は、銀行が休みの土日には、東京都港区に本部がある「NGOピースワールド」に出向いていた。
 NGOピースワールドは、主にカンボジアに埋設されている地雷の除去を支援している。スタッフを実際に現地に派遣し、地雷除去作業に当たっている。
 ベトナム戦争およびそれに続く内戦によって、カンボジア国内では今なお約六百万発の地雷が埋設されていると言われている。現場は、約四十度の高温である上、間違えて地雷を踏むと命に係わる事態に発展する。
 従って、NGOピースワールドなどの非政府組織が、コツコツと作業をしても、年間約四万から五万個しか除去できない。すべての地雷を除去するには、百年程度掛かると言われている。
 これまで言い寄ってきた若い男性に、亜里沙がこの活動に参加していることを話すと、皆一気に引いてしまう。男性だけではなく、女性や家族でさえ亜里沙の活動を止めるように忠告していた。
 このような日常生活の中で、亜里沙は愛情に飢えていた。自分の活動を理解してくれ、心の支えになってくれる人に出会えることを願っていたのである。
 その点、菊池係長はこれまでの男のようにガツガツしていない。
 亜里沙が黙って生ビールを飲んでいると、対面に座っていた菊池が訊いてきた。
「山岸さんは、休みの日には何をして過ごしているの?」
 亜里沙は瞬間迷った。NGOの活動のことを話すか? でも話したらこれきりになってしまうのではないか? だが、嘘をついても仕方がなかった。だから亜里沙はこう問い返した。
「係長は、どう過ごされているんですか?」
 菊池は、照れくさそうに笑いながら言った。
「プロ野球を見に行くことかな。あとは競馬をやっている」
 亜里沙は、瞬間返す言葉に窮した。野球はルールぐらいしか知らない。競馬になると全くの無知であった。
 中島が鶏の唐揚げを一口噛み言った。
「山岸さん。野球は詳しい?」
「いいえ。ルールぐらいしか分かりません」
「じゃあ、今度一緒に野球観戦にでも行こうか。俺がチケットを取るから」
「ええ、時間があればお付き合いしますよ。あっ、係長は高校球児だったんですよね?」
「まあ、もうだいぶ昔の話だけどね。今は膝を痛めていてやっていないけど」
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