地雷


「ほう。それはだいぶ高尚な趣味じゃあないか」
 菊池は、亜里沙が土日ともNGOの活動に参加していることを聞いて、そう言った。
 このころから、お互いアルコールが回ってきたようで、最初のぎこちなさは解消しつつあった。
 亜里沙は反駁した。
「趣味じゃあありませんよ。近いうちにわたしもカンボジアに派遣される予定です」
「じゃあそのときは銀行はどうするんだね?」
「辞めることになると思います。だって現地へ行くと半年程度派遣されるんですから」
 菊池は、ビールのおかわりを頼んでから言った。
「ならば、ボランティア休暇があるだろう。あれは最長二年まで取得できる。無給だけどね。それを利用すればいいじゃあないか」
 亜里沙はしばし黙考した。菊池が続ける。
「こんな場所で仕事の話はしたくはないが、山岸さんは仕事ができると俺は思っている。課長ともよく話をしているよ。銀行側としても退職には反対するだろう。俺も反対だ」
 これまで押し黙っていた亜里沙は、真っすぐに菊池を見て言った。
「では、係長は、わたしがNGOの活動に参加することをおかしく思わないのですか?」
 菊池は即答した。
「おかしなもんか。立派な社会貢献だよ。すばらしい心がけだと思うよ。だいたい、最近の若い奴らは、自分のことしか考えていないのが多いからな。あっ、ごめん。説教になっちゃったかな」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
 亜里沙は、慌てて首を横に振った。
 それを見た菊池が続ける。
「そういう危険な作業も、誰かがやらないといつまで経っても解決しない。俺はね、そういう自己犠牲をしてでも誰かのために働く人に共感を覚えるなあ」
 菊池は心からそう思った。ところが自分はどうだ。平日の鬱憤を晴らすため、東京ドームに行って大声で応援歌を歌ってみたり、競馬場で絶叫したりする程度だ。
 菊池は次第に亜里沙に淡い好感を覚えた。
「なあ、山岸さん。その活動で俺に何か役に立つことはないかい?」
 亜里沙は思案していたが、やがて言った。
「係長は、別に何もしなくても大丈夫です。ただわたしの活動を応援してくれればそれで充分です」
「それは最大限応援するよ。もし山岸さんがカンボジアに派遣されるときには、銀行側の手続きをしておくよ。それと何か悩み事があったら俺でよければ言ってくれ」
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