地雷
4
その日の午後六時過ぎ、亜里沙のスマートフォンのラインが振動した。菊池係長だった。
(今日、終わったら焼肉でも食べにいかないか?)
と書かれてあった。
亜里沙は、すぐさま返信した。
(行きましょう。楽しみです!)
それから五分後、菊池は、机の上を片付けて、銀行を後にした。
その直後、亜里沙にメーセージが届いた。
(焼肉「地味飯店」で待ってる。終わったら来てくれ)
亜里沙は急いで返信した。
(もうすぐ終わります。終わったら行きます)
亜里沙は急いで書類を整え、パソコンの電源を落とした。
銀行を出ると、まだ西の空が明るかった。吹く風が心地いい。まるで今の自分の心境のようだ。
危険なNGOの活動など辞めて、今の生活を続けたほうがいいのではないか? 最近そう思うようになった。
しかし、それでは大学四年間で学んだ東南アジアの知識、活動はどうなるか。全く意味をなさなくなる。やはり一度はカンボジアに行って、地雷除去に当たりたい。
亜里沙の心は揺れ動いていた。
そうこう考えるうちに、地味飯店に到着した。
亜里沙が店内に入ると、一番奥のボックスで菊池が手を上げていた。亜里沙は急いで近づいた。
「けんちゃん、お待ちどうさま。今日も誘ってくれてありがとう」
菊池は、笑みを絶やさずに言った。
「どうやら我々の関係がバレているみたいだね。何でも浦野さんが、先週の土曜日に高崎駅で二人で歩いていたところを目撃したようだね」
亜里沙は俯いた。
菊池は、ことさら優しい口調で亜里沙に言った。
「別に悪いことをしているわけではないから大丈夫だ。俺も亜里沙も独身だからね」
亜里沙はしばしの沈黙の後訊いた。
「でも、わたしとの関係が分かってしまうと、けんちゃん、仕事がやりにくいでしょう?」
菊池は首を横に振った。
「大丈夫だよ。これまで通り、銀行内では口うるさく言うけど我慢してね」
このとき、禿頭で小太りの男性が注文を訊きにきた。
菊池は、生ビールを二つと、カルビ、ロース、ホルモン、ハツを頼んだ。亜里沙は、上タン塩を追加した。
店員が去った後、菊池が訊いた。
「亜里沙は、今週の土日はNGOの事務所に行くんだよね?」
亜里沙はしばらく中空を見据え答えた。
「そうね。先週は休んじゃったから今週はいかないと悪いわ」
菊池は頷いた。
生ビールが運ばれてきた。二人は、グラスを合わせた。その後、菊池は、一気に半分程度飲んだ後言った。
「そうだよね。そんなに毎週休むわけにもいかないか……」
「今週末、何かあるんですか?」
菊池は笑顔で言った。
「実は、今度の日曜日に競馬のダービーが東京競馬場であるんだ。俺は行こうと思っているんだが、亜里沙は都合が悪いよな。それに競馬場じゃあ嫌だよね。もし、嫌じゃあなかったら一緒に行ってくれれば楽しいんだけどね。指定席も当たったしね」
亜里沙は虚空を見据えた。その後言った。
「NGOのほうは大丈夫ですよ。ボランティアですから。競馬かあ。やったこともないから全く分からないですよ」
「俺だって、全部を把握しているわけではないよ。三連単の買い方なんか未だに理解できない。それでもプラス収支だよ」
亜里沙は目を丸くしている。
「けんちゃんは、競馬でプラス収支なの?」
菊池は笑顔を振りまいて答えた。
「まあ、年間で五十万円程度だけどね」
「すばらしいわ。ギャンブルは必ず胴元が利益を上げるでしょう。それなのにプラス収支はすばらしいことだわ」
「確かに、競馬人口の九十五パーセントが負け組と言われている。だから勝っているのは五パーセントだけだよ。俺も今の方法を開発するまでに十年以上かかった。今までは相当負けていたからね」
このとき、肉類が運ばれてきた。店員が皿を並び終え去った後、亜里沙が言った。
「じゃあ、今度の日曜日にけんちゃんと一緒に競馬場まで行くわ。わたしにも買い方を教えてね」
その日の午後六時過ぎ、亜里沙のスマートフォンのラインが振動した。菊池係長だった。
(今日、終わったら焼肉でも食べにいかないか?)
と書かれてあった。
亜里沙は、すぐさま返信した。
(行きましょう。楽しみです!)
それから五分後、菊池は、机の上を片付けて、銀行を後にした。
その直後、亜里沙にメーセージが届いた。
(焼肉「地味飯店」で待ってる。終わったら来てくれ)
亜里沙は急いで返信した。
(もうすぐ終わります。終わったら行きます)
亜里沙は急いで書類を整え、パソコンの電源を落とした。
銀行を出ると、まだ西の空が明るかった。吹く風が心地いい。まるで今の自分の心境のようだ。
危険なNGOの活動など辞めて、今の生活を続けたほうがいいのではないか? 最近そう思うようになった。
しかし、それでは大学四年間で学んだ東南アジアの知識、活動はどうなるか。全く意味をなさなくなる。やはり一度はカンボジアに行って、地雷除去に当たりたい。
亜里沙の心は揺れ動いていた。
そうこう考えるうちに、地味飯店に到着した。
亜里沙が店内に入ると、一番奥のボックスで菊池が手を上げていた。亜里沙は急いで近づいた。
「けんちゃん、お待ちどうさま。今日も誘ってくれてありがとう」
菊池は、笑みを絶やさずに言った。
「どうやら我々の関係がバレているみたいだね。何でも浦野さんが、先週の土曜日に高崎駅で二人で歩いていたところを目撃したようだね」
亜里沙は俯いた。
菊池は、ことさら優しい口調で亜里沙に言った。
「別に悪いことをしているわけではないから大丈夫だ。俺も亜里沙も独身だからね」
亜里沙はしばしの沈黙の後訊いた。
「でも、わたしとの関係が分かってしまうと、けんちゃん、仕事がやりにくいでしょう?」
菊池は首を横に振った。
「大丈夫だよ。これまで通り、銀行内では口うるさく言うけど我慢してね」
このとき、禿頭で小太りの男性が注文を訊きにきた。
菊池は、生ビールを二つと、カルビ、ロース、ホルモン、ハツを頼んだ。亜里沙は、上タン塩を追加した。
店員が去った後、菊池が訊いた。
「亜里沙は、今週の土日はNGOの事務所に行くんだよね?」
亜里沙はしばらく中空を見据え答えた。
「そうね。先週は休んじゃったから今週はいかないと悪いわ」
菊池は頷いた。
生ビールが運ばれてきた。二人は、グラスを合わせた。その後、菊池は、一気に半分程度飲んだ後言った。
「そうだよね。そんなに毎週休むわけにもいかないか……」
「今週末、何かあるんですか?」
菊池は笑顔で言った。
「実は、今度の日曜日に競馬のダービーが東京競馬場であるんだ。俺は行こうと思っているんだが、亜里沙は都合が悪いよな。それに競馬場じゃあ嫌だよね。もし、嫌じゃあなかったら一緒に行ってくれれば楽しいんだけどね。指定席も当たったしね」
亜里沙は虚空を見据えた。その後言った。
「NGOのほうは大丈夫ですよ。ボランティアですから。競馬かあ。やったこともないから全く分からないですよ」
「俺だって、全部を把握しているわけではないよ。三連単の買い方なんか未だに理解できない。それでもプラス収支だよ」
亜里沙は目を丸くしている。
「けんちゃんは、競馬でプラス収支なの?」
菊池は笑顔を振りまいて答えた。
「まあ、年間で五十万円程度だけどね」
「すばらしいわ。ギャンブルは必ず胴元が利益を上げるでしょう。それなのにプラス収支はすばらしいことだわ」
「確かに、競馬人口の九十五パーセントが負け組と言われている。だから勝っているのは五パーセントだけだよ。俺も今の方法を開発するまでに十年以上かかった。今までは相当負けていたからね」
このとき、肉類が運ばれてきた。店員が皿を並び終え去った後、亜里沙が言った。
「じゃあ、今度の日曜日にけんちゃんと一緒に競馬場まで行くわ。わたしにも買い方を教えてね」