クリスマスなんてなくなればいいのに。
クリスマスなんてなくなればいい。
だって、わたるがいない。
一緒に過ごしたいけれど、わたしとわたるは恋人ではないし。
「わたし、先に卒業するんだよ」
「はい」
「わたるより……先に……」
「はい」
聞かないと言うくせに、しっかりと返事はするらしい。
何を言いたいのかなんて考えていなかった。
ただ、くちびるを噛んで俯く。
閉じ込められた腕の中があまりにも心地よくて、擦り寄ってしまいたい。
「おれ、麻耶さんのことすごく好きですよ」
少しだけ体を離して、わたるがわたしの顔を覗く。
真っ赤な鼻、とろんとした瞳、その真ん中には仄かな熱の色。
「前に話しましたよね。おれ、誕生日がクリスマスの翌日なんだって。余り物詰め込むみたいな日になるんですよ、毎年。それが嫌で仕方なかった。クリスマスなんてなければ、そんな思いもせずに済むのに」
「覚えてるよ」
「あ……ほんとうに? うれしい」
目鼻先で、そんな、ふにゃりと笑わないで。
かわいい、愛おしい。わたしもわたるのこと、好きだよ。
「言っていいですよ」
心のうちを見透かしたように、小首を傾げて促してくる。
一瞬、躊躇う。言ったら、たぶん、わたしとわたるは変わってしまう。
「好き」
「麻耶さ……」
「なんか、ぜんぶ、好きだよ」
わたるのしつこさに押し負けたわけではないってことも伝えたかったのに、ぜんぶ、好きだ。
わたしの名前を呼びかけたわたるを遮ったわりに、とても軽い言葉を吹いて飛ばした。
「おれもぜんぶ好きですよ」
覚えたての言葉を真似して返したみたいだ。
ぜんぶってなんだよ。知らないこと、まだたくさんあるくせに。
「麻耶さんが卒業したら、ふたりきりで会える時間増やしましょうね」
「減るんじゃなくて……?」
「会いに行きます。おれ、麻耶さんが足りないと元気出ない」
「なにそれ」
ふたりで笑うと、鼻先に乗った粉雪が飛んでいく。
目で追いかけると、それはすぐに見えなくなった。
視界に入ったツリートップスターの瞬きは金と銀を交互に繰り返す。
「わたるのせいで見逃したよね、ピンクに光るところ」
「だって、それは……ごめんなさい。一緒に見たかったから」
素直に謝るのが可愛くて、わたるの頭に手を伸ばす。
柔らかい髪を撫でると、手のひらに頭を押し付けてくる。
「いいよ。わたし、クリスマスなんてきらいだから」
「あ、それ、なんでですか?」
前から好きではなかったけれど、はっきりと嫌いになってしまったのはわたるのせいだよ。
わたるのいないクリスマスなんて、寂しいなって思ってしまって、それで嫌いになったとは教えてあげないけれど。
「わたる」
「……? はい」
「クリスマス、どこか行く? わたるの好きなところでいいよ」
わたしに誘われた、という体が必要だったと思うから。
口にしてみると恥ずかしくて、直視できずに伝える。
一旦は離れたはずの体が再びぴったりとくっついて、耳元で囁くように返事を落とされる。
耳まで真っ赤になってしまっていることを自覚して、わたるの胸を押すけれどびくともしない。
「絶対、行かない」
「好きなところでいいって言ったじゃないですか」
言ったけれど、どこでもいいわけじゃない。
わたるの家だなんて、無理に決まってる。
「楽しみにしてますね」
意地の悪い、本気か嘘なのかわからない笑みを浮かべる。
だから、わたるのこんな顔、知らないんだって。
「……クリスマスなんてなくなればいいのに」
少し力をこめて突き放すと、わたるはよろめくフリをする。
聞こえないように、ぼそりと呟いたつもりがしっかりと拾われていたようで『そんなこと言わないで』と擦り寄ってくるのを全力で拒否。
背中を向けて駅の方へ向かおうとすると、クッと手を引かれた。
「麻耶さん、好きです」
いま、言わなくてもいいのに。
返事の代わりにわたるの手を握って歩いて行く。
いつもより早い歩調に『転びますよ』と呼びかけられるのも構わず。
イルミネーションの脇を通る刹那、爆音のクリスマスソングが流れはじめて、頭がぐわんと揺れた。
耳が痛くなるほどの音と、聞き慣れすぎたメロディ。
たぶん、わたると同じことを思った。
ほとんど同時に、やっぱり、と呟いて、顔を見合わせる。
【クリスマスなんてなくなればいいのに。】
そう言って、わらった。