夜のしめやかな願い
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さゆりはバイオリンレッスンの後、音楽教室の事務仕事を残ってやっていた。
ちゃんと残った時間分を払ってくれるので、さゆりにはありがたい。
多ければ、多いほど、食事の質が上がる。
今日は来月の振替レッスンの下準備だ。
Excelの表に、時間が変更になったレッスンを修正し、臨時教師に代わっているの所の先生名を変更する。
出来上がったものは音楽教室のホームページに掲載するので、慎重だった。
裏口のドアのカギが外れる音に、集中力を破られ、さゆりは体を固めた。
ゆっくりとドアが開き、暗闇から現れたのは、黒いシャツに黒いスラックス姿の啓だった。
啓の外見も雰囲気も、闇から生れ出たようなのに、誰だかわかっても、しばらくさゆりは硬直していた。
乱れた前髪からきらりと瞳が光った。
「何やってるの?」
低い声に、さゆりはびくりと体を揺らした。