夜のしめやかな願い
さゆりの演奏は味わい深くなっていた。
音楽家として名をはせて、それで生活していけるのは本当に難しい。
でも、さゆりにはその芽があったと思っている。
本当は海外で学ばせ、彼女の個性を生かす先生につけたかった。
それができなかったのは、ひとえに自分の力不足だ。
自分用の信託預金で援助できるのは国内の音大が限界だった。
そして著名な先生につけるにも、コネクションを持っていなかった。
悩んで、覚悟を決め、父に頭を下げた。
父はうなずきもせず、首を振りもしなくて、ただ薄く笑って言った。
それをしたら、さゆりはおまえの手の届かないところに行くが、それでいいのか?と。
宗臣が言葉を継げず、父が笑って去っていくのを見送るだけだった。