夜のしめやかな願い
ただ一音だけ、規則正しく聞こえてくる。
調律かと思ったが、そうではなさそう。
さゆりはドアに嵌っているガラス窓から、教室の中を覗き込んだ。
啓がいつものように背中を丸めて、ピアノに向かっている。
外見の退廃的雰囲気とは正反対で啓のピアノの音は明るい。
だけど、今はその音さえも初めて聞く仄暗さだった。
色々あるんだろうな、と思ってドアから離れようとする。
「さゆりちゃん」
後ろから肩越しにささやかれて、飛び上がった。