夜のしめやかな願い

      *

宗臣は通勤帰りの電車の中で、紺色の楽器ケースに視線をとめていた。

あの大きさからするとチェロだろう。

音大生らしき若い女性が満員電車の中、楽器が押されないように必死に守っている。

服装からして結婚式などで演奏のアルバイトをした帰りのようだ。

でなきゃ、命と同じぐらい大切な楽器を危険にさらす、こんな終電間際に乗らない。

多くの音大生は色々なアルバイトをしながら、学んでいるのを知っている。

援助しているさゆりもだ。

また駅に止まって、車内の密度が増したのに、宗臣の体が条件反射的に動いた。

楽器の横に立ち、壁になる。

女子大生の方はいくら潰れても知ったことではない。

顔を向けないし、視線も合わせないが、宗臣がしてくれることを彼女は察したらしい。

軽くうなずくように頭を下げた。

また駅について密度が増す。

こんなことになるなら、タクシーで帰るべきだった。

宗臣は今更に後悔する。


< 42 / 187 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop