夜のしめやかな願い
黒い狼がのっそりと上体を起こす。
曲が終わったのだ。
さゆりは慌ててドアから遠ざかった。
びっくりしたー。
本人と演奏のギャップがありすぎ。
関わっては碌なことにならないと、さゆりの野生の感が告げる。
なのに。
「さゆりちゃん。
まだ紹介していなかったね。
僕の息子の啓。
昨日、旅行から帰ってきたんだ」
翌日、事務の仕事をアルバイトしていると、ご丁寧にも紹介してくれた。
今日も黒いシャツに、黒いスラックスだ。
カットしたらしく髪の毛が少し短くなり、前髪は後ろになでつけられていた。
鋭い容貌に、切れ長な目。
「どうも」
社会人なんだから、どうもじゃないだろ。
内心で思いながら、さゆりはにっこりと笑った。