夜のしめやかな願い
「ああ・・・そうかも。
そうですよね、ストレートに表現してはいけないのかも」
さゆりは今更のように悟った。
自分の演奏に奥行きがないのは、そのせいかもしれない。
「弾きます」
さゆりはすっくりと立ち上がって、ケースからバイオリンを取り出す。
突然、啓の弾いていたピアノ曲をバイオリンで弾きだしたのに、啓は少し見つめてから、ピアノを合わせる。
同じ曲の主旋律をバイオリンとピアノで弾けば、くどいだけになるのに、微妙に啓がアレンジして合わせる。
ああ、気持ちがいい。
さゆりの口元がほころぶ。
このままこの空間に閉じこもっていたい。
演奏をしながら啓と目が合う。
さゆりは、ふわり、と笑った。