シュガーとアップル
2
日曜日。
ハンナは城下町の中心に栄える商店街にやってきた。
季節は徐々に春へ移り変わろうとしている。
今日は雲ひとつない真っ青な晴天だ。
路地を吹き抜ける風は少し冬の寒さを残したが、太陽の光はコートを着なくてもポカポカと暖かい。
下町のアパートから歩いてきたせいで、身体中にじんわりと汗がにじんでいる。
ハンナは着ていたコートを脱いで片腕にかけ、手の甲で額を拭った。
「やっぱり商店街は賑やかだな…」
絶好の商売日和なだけあって、今日は一段と活気に満ちている。
石畳の通路を挟むように左右に構えるレンガ造りの建物。その入り口にそれぞれの店が天幕をたて、商品を並べて客を呼び込んでいる。
どこからか漂う香ばしいガーリックの香り。レストランが近くにあるのかもしれない。
天幕は店によって色が違い、黄色や朱色、今日の空と同じ青色、桃色のまだら模様のお洒落な天幕もある。その列が奥まで続き、風が吹かれると旗がはためくように揺れて、まるで自分の店を主張しているようだった。
道は前も後ろもわからないほど人で埋め尽くされ、気をつけて歩かなければすぐに誰かと衝突してしまいそうだ。
静かな下町の方が慣れているハンナには、こうして都会の熱に触れるといつも気おくれしてしまう。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、ちょっと見ていかないかい。今朝収穫したばかりの野菜だよ!」
ハンナが慣れない動きで歩いていると、すかさず元気な商売人の声が横から飛んでくる。
「このホワイトアスパラガスなんかどうだい。今晩調理すれば甘さが残ったまま美味しく食べられるよ」
「わあ、ほんと大きい。色もすごく綺麗…!」
「こっちの芽キャベツとブロッコリーも今朝取れたばかりだ。芽キャベツは油で揚げて食うと美味いんだよ」
「!!」
つい売り手の話を熱心に聞き込んでしまう。
収穫した野菜たちを自信満々にアピールする商売人の男は、上客が舞い込んできたと張り切っていろんな野菜を勧めてくる。
いいカモにされそうになっていることを自覚しながら、男の話の合間に出てくるオツなレシピが、悔しくもハンナの財布の紐を緩ませようとした。
(だめだめ、今日の目的はリボンなのに! 野菜なんか買ってる場合じゃない。雑貨を売っている店を探さなきゃ)
ハンナは慌てて野菜から思考を切り離した。
それでも“油で揚げた芽キャベツ”の響きが思いのほか魅力的に聞こえてしまい、結局芽キャベツだけ購入してその場を後にした。
売り手の男は満面の笑みを浮かべてハンナを見送った。