シュガーとアップル
「………え……っ?」
そこに立っていたのは今まで思考の真っ只中にいた人物。
(え、え………!?)
そんなまさか。どうして。
「は、伯爵、さま………」
ハンナは一瞬幻を見ているのかと思った。
そこにいたのは、ハンナの想い人である伯爵だった。
今日はいつもと印象が違う。服装がいつもの紺や灰色のような落ち着いたものではない。全身が白で統一された正礼装だった。
ベストとスラックスは共にやや光沢のある質感で、丈の長いフロックコートを羽織っている。頭にかぶされたシルクハットから、足元のホールカットシューズにかけて全て白。黒みが強いブラウンの髪色と青い瞳が、その衣装によく映えた。
まるで太陽の光を独り占めしているかのように彼の姿が輝いて見える。
すっかり固まった彼女に、伯爵は薄い唇をクスリと微笑ませる。
「こんにちは、パン屋のお嬢さん。買い物かな?」
軽くハットを上げて会釈する。相変わらず無駄のない洗練された動作だった。
「は、はいっ! えっと、その……っ」
(うそ。なななんで伯爵さまがこんなところに……!?)
頭が真っ白になる。
まさかこんな街中で会えるとは思わなかった。
それも自分が見かけるならまだしも、伯爵から声をかけてこられるなんて。
嬉しさと困惑が混ざって頭がパンクしそうだ。
伯爵の衣装はどう見ても商店街を歩く格好には思えない。
何かの式典やパーティーがあったのだろうか?
なんにせよ、何の心構えもない時に伯爵と出会ってしまったパニックで、ハンナは口をあわあわと閉じたり開いたりするしかない。