シュガーとアップル
「お店の外で会うのは初めてだね」
相変わらずの天光の如き眩しさの笑みを向けて、伯爵が言った。
「この商店街にはよく来るのかい?」
「いえ、あの、今日はたまたま用があって…」
ハンナは俯き、キュッと両手を握る。
緊張のあまり心臓が喉に詰まっているような感じがして声が変だ。
店で話すのと街中で話すとでは緊張の度合いがまるで違う。カウンターがないせいか、伯爵との距離が近い気がする。
「そうか。用というのは、この雑貨屋に?」
「は、はい、そうで………………………いえ、違います」
「え?」
伯爵は綺麗な二重の瞼をぱちりと瞬かせる。
今の不自然な間はなんだろうかと小さく首をひねる。
「……違うのかい?」
「ち、違います」
じっと見つめてくる伯爵に、ハンナはぎこちなく目をそらす。
(“赤いリボンを買いに来た”なんて、伯爵さまを目の前にして言えるわけない…!!)
そんなことを言ったら伯爵の言葉を意識していることがバレバレだ。
下町に住んでいるハンナが、わざわざ城下の中心部まで足を運んで買い物をしているというだけで、伯爵には珍しい娘だと思われているに違いない。そのうえさらに買いに来たものが赤いリボンひとつと知られては、伯爵のためにここへ来たことが知られてしまう。
入ろうと思っていたのは事実だが、諦めて帰ろうと思ったことも事実だ。嘘はついていない。だけど………。
(う……なんだかすごく見られている気がする…)
ハンナは明後日の方を向いていながら、伯爵の視線が痛いほど自分に注がれているのを感じた。
「……さっき、君がそこからこの店の中を食い入るように見ていた気がしたんだが、私の気のせいだったかな」
「え!? あああれは…っ」
伯爵の純粋な疑問を向ける瞳を、ハンナは真っ向から受け止められない。彼に悪意がないだけに逆に答えに詰まった。
「違うんです!お店の中を見ていたんじゃなくて、その、ガラスに映る自分を見て、少し髪を整えていただけです……」
(ああっ、こんなの言い訳にもなってないよ!)
食い入るように見ていたところを見られたのだったら、ガラスと顔が至近距離にあったところまで見られているはずだ。
目と鼻の先にあるガラスを見ながら身だしなみを整えたところで、自分の頬の毛穴が見えたくらいでなんにもならないだろう。