シュガーとアップル
ハンナは今度こそ涙ぐみそうになるのを必死に抑えた。
どうして伯爵の言葉はこんなに胸を締め付けるのだろう。
あんまり優しくて、錯覚してしまいそうになる。
彼と自分はあまりにも身分が違うのに、もしかしたら、いま自分と伯爵が向かい合っている間の距離ほどしか違いはないんじゃないか。
ベーカリー・シュガーの常連客たちと接していた“貴族様”の顔が少しだけ砕けて、彼が立つ場所とは程遠い所にいる自分の元へ、彼が近づいてくれたような…そんな気がしてしまう。
そんなことはただの自分の思い上がりなのに。
「ところで、雑貨店に用があったんだったね?」
「はっ…!」
伯爵の声がハンナを空想から引き上げる。
「はい。でも本当に大したことではなくて」
「ちょうどいい。私も買いたいものがあったことを思い出した。一緒に入ろう」
「ええ!?」
ハンナは目を剥き、即座に両手を胸の前でぶんぶんふった。
「いいいえっ、そんなご一緒するなんて恐れ多い真似が…!」
「恐れ多くないよ。私は今ただの買い物を楽しむ客だ。君と同じ。さあ」
「えっ、ちょ、お、お待ちくださ…っ」
ハンナの抵抗など意にも介さず、伯爵はハンナの肩を抱きながら軽やかに店の扉を開けた。
ぶわっと薔薇の香水の華やかな香りが出迎える。窓ガラス越しに見ていた時よりも、店内はとても煌びやかだった。
(あわわわっ、やっぱり私には場違い!)
そばに立っていた店員が「いらっしゃいませ」と言いかけて、きょとんとハンナと伯爵を交互に見た。
その目が「貴族の隣になぜこんな子が?」という疑問を向けているのがありありと見て取れた。店内にいた他の客まで不思議そうにハンナたちを遠巻きに見ている。
ハンナは恥ずかしくなった。
(ああ…私なんかの横にいるせいで、伯爵さままで奇異な目でみられてしまう!)
しかし伯爵は店員の顔すら見ていないようで、店内をぐるりと見渡して何かを探していた。
そして目的のものを見つけたのか口元を微笑ませると、「おいで」と、ひとりあたふたしていたハンナの手を引いた。
「今日は髪を下ろしているから、下ろした時も似合うものを選ぼうか」
「あっあの、いったいなにを……」
(あれ? 伯爵さまの買い物なのになんで私が連れていかれるんだろう……)
わけがわからず、知らない間に伯爵が自分の手を握っていることに驚く暇もない。
伯爵は棚に並べてあった商品の一つを手に取って、ハンナの焦げ茶色の髪にあてた。
(え……)