敏腕室長の恋愛遍歴~私と結婚しませんか~
「私は……室長みたいに誰でもいいなんて思ったことないので……。そんな風に誘われても困ります」
「すまない。本当に適切な言葉じゃなかった。むしろ俺は君ならいいと思ってるんだ」
「も、もう、そんな嘘……」
「いや本当だ。初めてなんだ。俺の裏の顔も生い立ちも知った女性と話すのは。だから今、何も気遣うことなく話せてる」
「え……。そうなんですか?」
「ああ。俺は人前に出ると、本心を悟られまいと身構えるのが癖になっている。ま、その理由は追々説明するが……。だから俺としては君がこの提案に乗ってくれると助かる面も大きい」
まるで懇願するかのような目をして私にそう話す室長。
この人にここまで言われて断れる女がいるなら会ってみたい。
「……わかりました。私は、そんな出来すぎなお話、断る理由はないので……。私でよければお願いします……」
そう言って室長の方へ向き直り、頭を深々と下げる。
そして顔を上げた次の瞬間目に飛び込んできたのは見たこともないほど優しい目をして微笑む室長の顔。
とくん、としっかり反応する私の胸は室長が私にとって特別な存在になったと告げているかのよう。
「じゃ、契約成立、ってところかな。これからよろしく。俺のフィアンセとしてーー」
「え……あ、っ……!」
くいっと指先で顎を軽く上げられた瞬間、唇に重なる柔らかな感触。
離れる時、上唇を名残惜しげに吸われると、きゅん、と胸の奥に甘い痛みが走る。
「こ、こんなところでダメです……!」
「俺達の他に客はいない。それにここの店員は二人とも身内だ」
「え?」
室長の言葉に驚き、カウンターの向こう側にいる二人の店員さんに目を向けると、会話が聞こえていたのか二人ともペコッと頭を下げてきた。
「え、え、何、もう……わかんない……」
甘く蕩けるようなキスの余韻に浸ることも出来ないほど、室長に振り回され続けた私は、明日からも前途多難であることは間違いないだろうと悟った。