敏腕室長の恋愛遍歴~私と結婚しませんか~
***


阿川さんと話した後、私はその足で執務室へと向かった。
ドアの前で、深呼吸をしてからノックをすると「どうぞ」という返事が聞こえたので扉を開く。

というか短い返事なのにそれにさえドキッとするとかどうなんだ。

中に入ると、執務机で黙々と書類の束に目を通す室長が、ちらっとこちらへ目を向ける。
私だとは思ってなかったのか、室長は軽く目を見張り、仕事の手を休め書類の束を机に置いた。


「何かありましたか、神田さん」


そう言ってほぼ無表情のわずかな笑みを浮かべる室長。
その口調は昨日の夜とは別人で、今はただの上司と部下の時間なのだと言われているようだ。


「あの、業務外の、お話がしたいのですが、お時間少しよろしいでしょうか」


室長のプライベートな連絡先も知らないのでは面と向かってこう聞く他に手段がなくて。
どう返されるだろうと緊張しつつ、室長の様子を窺うと。

少しの間を置き、室長はふっと小さく息を吐いていつものポーカーフェイスを少し崩して私を見据える。


「……何の話?」


口元を少し緩ませ、素っ気なくそう言った室長は昨日バーで話した時と同じ雰囲気を纏っている。
つまりはプライベートモードに入った、ってことでいいのだろうか。

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