God bless you!~第13話「藤谷さん、と」
〝HYSTERIC GLAMOUR〟
〝HYSTERIC GLAMOUR〟
白状しよう。
正直、入口から敷居が高い。
服よりも、そして気迫がビシバシ伝わる店員よりも、頭からズンガズンガと攻撃してくる音楽に、俺はまずヤラれている。あの3人組は、こういう挑発的なブランドが好きなのか。ヒステリックとは、成る程。
女子に気付かれないように、俺は背の高いマネキンと並んで気配を消した。
通り掛かりの冷やかしを装っていたら、一行はもう別の店舗に足を進める。
〝CECIL McBEE〟
俺はしばらく首を傾げる。どうして〝C〟が小文字なのか。発注ミスか。
「あたしもさ、Tシャツは1枚持ってんだよね」
「あたしも!夏のバーゲンで半分殺されそうになりながら手に入れたよぉ」
「このロゴがさ、ほんと可愛いよね」
「ねえねえ、これ可愛いよ」
「そうだよ。サユリ、これ買いなよ」
「でも、それってなんか紗枝子っぽくない?あれ?あれ?」
「って、右川いつからそこに居たの?」
「あたし、ずっと居たけど」
一瞬の沈黙の後、「「「ぶぅはっ!」」」と3人は弾けた。
「すげ。ゆるキャラ感、ハンパないね」
「ヤバい。ウケ過ぎて吐きそうなんですけど」
「もはや置物」
入れ替わり立ち替わり、右川のもじゃもじゃ頭をつんつん小突いた。
こっちは飛び出す覚悟を整えた所で、「なに、右川もこういうの好きなの?合うじゃーん」と友好的とも思える藤谷の反応に、不穏は一時掻き消される。
塩谷が商品を手に取ると、「それ、あたしも良いと思った♪」と、右川も愛想よくそれに並んだ。
「だよね。あと今はこれかな」と永井も別の商品を取ってそれに応える。
マジか。やるじゃねーか。友好的過ぎて、もはや夢のよう。
「だけど、これ右川じゃサイズが無いよ」
「え、あたし入るよ」
「じゃなくて、こういうのは胸が無いとキマんないって。右川じゃ無理」
「え、そうかな」
「そうだよ。サユリぐらいはないと」
こういう時、思うのだ。
藤谷が女王さま気取りになるのは、周りのこういった環境にある。
そこにタイミング良く店員がやって来て、「小さいサイズもありますよ。大人っぽく見えるデザインだから大丈夫」と気を逸らしてくれた。
それにはニコニコと右川も打って変わって、「はい~、喜んで~」と応じた。
だが持ちこまれた商品を真っ先に取り上げたのは、藤谷である。
「ちょっとこれ着てみなよ」と、右川を通り越して、塩谷に渡した。
ちょうどその頃、右川は別の商品に興味を奪われていたため、どうにか戦火を免れて……こっちは危うい成り行きに落ち着かない。
そこへ、おそらく右川を探してやって来たであろう折山が、藤谷に捕まる。
「剣持ってさ、こういうのが好きかもね」と、折山の体に洋服を当てた。
「いいじゃん」と褒めた先、「これ着てみなよ」と勧める。
相手が折山ならバトルもないだろう。俺は胸を撫で下ろした。
だがそれは、大きな間違いで。
「私、多分入らないから」
「平気だよ。強引に入れちゃえば。破れなきゃいいんだって」
次に藤谷は自身にその服を当て、あちこち一通り鏡を眺め、独り悦に入った。
折山は、藤谷の反応を諦めて、また別の洋服を手に取る。
ためらうように1つ商品を取った折山に向かって、
「それ買うの?」
「どうかなぁ。可愛いけど」
ここまで、折山は何とか笑って見せていた。
だが、
「ねぇ、何でそんなに太っちゃったの?病気?でないと、ここまで急に大っきくなんないよ」
藤谷の言動は、直球が過ぎる。
折山は、「うん」と言ったか言わないか、それは店の音に掻き消された。
「それ、どうすんの?買わないの?」
「今日はやめとく。私、あんまりお金持ってないから」
「どうせ金出すのは剣持でっしょー」
飛び出すなら、今だと思った。
……だが正直、迷っている。
藤谷にしてみれば、いつも仲間内でやっているお馴染みの会話であった。
なにその言い方~ムカつくんだけどぉ~と軽いノリで突っ込んで笑う所だ。
だがしかし、折山のような大人しい子には、1つ1つが強過ぎた。
それを聞き流せばいいものを、真正面に捉えてしまうから傷付いてしまう。
藤谷は、確かにキツい。良く考えたら、酷い事も言ってる。
だけど〝悪〟とまで言い切れるか。
まさにここは、俺が飛び出すべきだと覚悟を決めて一歩踏み出た所……そんな曖昧な状況下で、女子同士の色々に、男子が口を挟んでどちらかを庇ったらどうなるか。
折山は次第に遠ざかる。塩谷と永井の2人は試着室に消えた。
そこへ右川が戻って来て、成り行き上、右川と藤谷が2人きりになる。
「沢村ってさ、結構センス良くない?」
「は?嘘でしょ。くそダサいもん」
「そっかなぁ。背も高いし、何でも似合って好いと思うけど。やっぱ付き合うんなら、それなりに釣り合いってのがあるよね」
「っていうか、何が言いたい訳?あたしがチビで可笑しいってこと?」
「っていうか、あたし、マジで沢村狙ってい?」
「は?さっきの付属チャラ男じゃないの?違いが分かんないんですけど。背丈以外で」
「別の学校ってうのがねー、そこがもうツマんなくてさ」
「っていうか、基本設定、あたしっていう存在何だと思ってる?」
「だってあんた達、どうせまたすぐ別れるでしょ。どうせなら早くケリを付けてよ。もう卒業まで時間が無いから」
「藤谷さんこそ、そういう身近な所にはケリを付けて、どっか他を探せばいいじゃん。てゆうか、大学で新しい男見つけるとか。あのレベルだったらたくさん居るよ。羨ましい♪さっすが♪藤谷さんって、おっぱい星人にモテモテ」
藤谷は、制服の袖をぎゅっと握りしめる。
いつか飛び出そう。
今、飛び出そう。
前ノリを何度も繰り返しながら、俺はここまで、どうにか耐えた。
くそダサい&おっぱい星人云々、この言動ははっきり〝悪〟だ。
藤谷が一発カマしても文句は言えない。
だが今の俺は、藤谷のマジ狙い宣言に正直、体が引いている。
さすがに出張る勇気が無い。
右川に、宣戦布告……正直あそこまでハッキリ言い切るとは思わなかった。
剣持と折山がまとまると判断しての事かもしれない。
こうなって来ると、笑ってもいられなくなる。俺が上手く立ち回るという作戦は、下手すると藤谷の暴走を助長させるかもしれない。
そこへ、仲間の2人が試着室から出てきた。
打って変わって「「「やっぱ高っけーワ」」」と商品のダメ出しが始まる。
今度はワゴンの服を取り上げて、3人はワイワイやりはじめた。
右川はそいつらと距離を取り始めた。
別の店に気を取られる様子で、足を他所に向けている。こっちが見つかりそうになって、慌てて俺は隣の店に紛れた。
そこに、折山が戻って来た。
「折山ちゃんはどっちかというと、あっちでしょ」
強引に折山を引いてエスカレーターを下り、右川は先の店に連れ出した。
成り行き上、俺もヒステリックなセシル女子群を離れる。
俺は胸を撫で下ろした。
右川VS藤谷。一触即発……何事も無くて良かった……。
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