God bless you!~第13話「藤谷さん、と」
羊たちの沈黙
「クリスマスってさ、どうする?」
女子の間では、早くも次の話題に移りつつある。
商店街には大きなクリスマス・ツリー。
街路樹にはコットンの雪帽子。キラキラの電光飾りが眩しい。
合唱部は部室の扉に、毎年恒例のリースを飾る。
昔、美術部もお手製のリースを飾ったらしいが、すぐ盗まれて止めたとか何とか。「すっごくお金掛けたのにぃぃ-」と悔しがっていたな。
「ケーキどうする?」
「アジキで予約。もう遅いってさ」
「チキンは?」
「いつも食ってるからなぁ。もう飽きた」
食いもんの話。プレゼントの話。どっか行く話。
俺はひたすら課題をやっつける。
そして、昼休み。
そろそろいいだろう。と、右川を探しに行こうとした所を、砂田に引き止められた。
「右川に傷つけられた上に、沢村に見捨てられたんじゃ藤谷が可哀相だろ。右川の代わりにおまえが罪滅ぼしだと思って、まだしばらくは一緒にいてやれよ」
藤谷の顔色を窺って、砂田は独りでも頑張っていた。
それを聞いた塩谷&永井を含め周囲も、「サユリが泣くなんて、よっぽどだからさぁ。右川が謝ってくるまで、沢村はサユリと一緒にいてやってもいいんじゃない?」と、ゆるく同調している。
先刻までクリスマス談義ですっかり忘れていたくせに。
「そろそろ交代してくれよ」
俺は小声で砂田に向かって訴えた。
「オレじゃ剣持の代わりになれねーよ。そういうの、沢村じゃないとダメみたいだ」
ストレートに本命とはいかないらしかった。
砂田は、普段あれだけ威勢よく、愛嬌良く振る舞っているくせに、本命に向かう時だけ何故か小さく収まる。声が小さくなってしまう剣持と似たようなものだ。そこが俺とは違うな。
右川を本命と意識して以降、俺は砂田のように〝他の誰か〟と引き下がって誰かに譲った事は無い。引き下がるどころか、「黒川なんかと一緒にするな」「海川なんかと馴れ合うな」と毒を撒き散らしていた。
本質、俺もキツい奴らの部類なんだな、と妙に納得できる。
自意識過剰だと俺を判断した剣持の言葉にも、どことなく説得力があった。
そんな時だ。
やっと冷静になれた時、ふと耳に飛び込んできた……そんな感じ。
〝それは右川が怒って当たり前だよね〟
ふつふつと聞こえてくる。
その声は……俺の周りの賑やかなやつらではない。
右川グループ。その中の最大勢力、良質なオトモダチ団体様御一行である。
根強く、取って代わる話題も無いままに、未だにひそひそと進行していた。
今日こそは!と右川を探して海川に尋ねた所、
「右川?えーと、どこ行ったんだろうね」
「知らなーい」と進藤は、瞳に静かな怒りを湛えていた。
少なくとも、俺にはそう見えた。
進藤ヨリコ。このグループ内で唯一フルネームが言える女子。俺とも普通に喋れる女子。足元から何かが崩れる予感がする。ひしひしと。
進藤を筆頭に、弁当を持ち込んで集まっていた、これまた名前も知らない女子が、おっとり続けて、
「6組の堀っちも探してたよね。右川にパンをオゴってやるとか言って」
「1組に行ったんじゃないかなぁ。松倉と男子高の写メを見るとか」
「その松倉と2組の篠原くんと3人、クリスマスは一緒に渋谷巡りをするって盛り上がってたよ」
堀っち?篠原クン?顔も浮かばないような、全然知らないヤツだ。
右川グループの全員が、困惑する俺を1度見て微笑み、視線を戻した。
また静かに微笑を湛え、「ロンハー、見た?」「見た見たぁ」と昨日のテレビの話なんかを、ゆるゆると全員が一斉に……始めた。
無視とは違った。
しかし、彼氏である俺の存在は否定されたも同然である。
声無き大多数の脅威。
羊たちの沈黙。
まさにそれだった。
このグループの中に居て、味方と言えるのは折山ぐらいだろう。
その折山はと言えば、剣持と2人、今日も仲良く学食に居た。俺を見つけて側に寄って来ると、自分のせいでこんな結果を招いてしまったと詫びてくる。
「カズミちゃん、1度キレたら難しいから」と、折山は俯いた。
「何とか、私からも話してみるから。本当ごめんなさい」
折山を見ているだけで、何だか癒される。
その顔立ち、髪の毛、体全体、とにかく柔らかそうで。
「悪いのは藤谷なんだけどな!」
秒殺。俺は耳を塞ぐ。側に剣持が居るのを、すっかり忘れていた。
その藤谷は元々おまえの彼女だろ!
おまえがどうにかしろよ!声がムダにでけーんだよ!
……折山を目の前に、当然、言える状況じゃない。
右川と藤谷。
両名のバトルはまだまだ続く。それは出会い頭に、どこでも始まっていた。
廊下で、クラスで、職員室で、もうどこでも。
「今回は相手が違うんだな」と原田先生も呆れている。(楽しんでいる。)
いっそう白く霜が降りた今朝の事だった。
校庭において、震えながらの朝礼が終了。
教室に向かう生徒の波の中、5組の右川と3組の藤谷の2人は睨みあったまま、校庭のド真ん中で微動だにしない。磁場が歪んで見える。バチバチと空耳までもが聞こえる気がした。
「右川ってさ、普段ヘラヘラしてるかと思ったら、突然キレちゃって。これじゃ沢村だって気が休まらないよ。まともに付き合ってらんないと思う。右川ってほんっとに怖いんだから」
それを頷いて聞いているのが砂田だった。
塩谷と永井も遅れてそれに加わり、藤谷を囲んで援護する。
「おまえなんかストレート沢村の勉強の邪魔だ!間違いない!」
砂田のそれを、「マジ飽きた」と、右川はスルーした。
「え?え?飽きた?え?」と、砂田は途端に勢いを失う。足元をすくわれたみたいに、矛先を探って目を泳がせた。
一方、右川も負けてはいない。
「藤谷さぁん。あんたこそ怖い女だよ?人によって随分、態度違うじゃん。自覚ないの?人気者とか言われてるけど、あんたを良いとか言ってるの、この感性悪いラッパー男だけでしょ。1食抜いたぐらいで痩せたとか言われて、いい気になってさ。周りの女子だって誰1人あんたに都合の悪いこと言わないみたいだし。結局、仲間全員ビビらせてんじゃん。あんたがよっぽど怖いよ!」
ケンカはケンカだった。しかし、相手が怖いと攻めながら、その態度はどちらも全然相手に怯えていない。
俺は心持ち右川の側に立った。
とは言え、「止めろ」と一言挟むのがやっとである。
藤谷は、「今回は、ほんとあたし傷ついた」と俯いた。
「でもね、1番傷付いてるのは沢村だよ。毎日毎日右川に放ったらかしにされて、見てて可哀相。お弁当の時間とか、すごく寂しそうだもん。あたしなんかより全然傷ついてると思う。ね?」
「まぁ、うん」
つい本音が出てしまった。
藤谷の言った事は、間違いではない。全て、その通りだ。ひょっとしたら俺の1番の理解者ではないかという錯覚までも引き起こす。
でもよく考えたら、こうなってしまったその原因は、俺を放り出してくれない藤谷じゃないか。
それを感じさせない憐れみの演技力。
俺の味方をどこまでも装って、離さない。まさに〝悪魔〟。
藤谷の言葉に、つい傾聴して……そんな曖昧な態度が、当然と言うか、右川に責められた。
「あんた、マジでバカなの?あたしのほうが全然可哀相じゃん!あたしずっと放ったらかしにされてんだよ?ね、人として大事な事確認するけどさ、あんた、あたしの彼氏なんだよね!?」
……。
……。
「当たり前だろ」
「なにその微妙な間っ!ちょいちょいヘラヘラ笑ってるしっ!」
ごめん。
白状しよう。
〝あたしの彼氏〟
右川の口からそれを聞いた時、この修羅場にありながら、頬が緩んで出遅れてしまったのだ。
「ヘラヘラすんな!答えに困るな!あんた一体どっちなんだよ!」
右川にド突かれて我に帰る。
藤谷は、ふふっと笑った。
「聞いてると、意外とチビも可哀想なんだね」
その口元は邪悪に歪む。
「彼氏にまでナメられちゃってんじゃん。どう見ても、まともに付き合ってもらってないよ?そっちこそ新しい相手を見つけた方がいいんじゃないの?」
そのチビも負けてない。「あー、それいいね」と挑戦的に指を鳴らした。
「男子なんて、おっぱいあれば誰でもいいもんね。あんたみたいなビッチは特に大歓迎。こんな浮気者、もうどこでも喰っちゃえ!」
彼氏に舐められているとチビを蔑む、藤谷。
ビッチに彼氏を売り飛ばす、右川。
どっちの罪が重いのか、もう判断がつかない。2人とも、もう悪魔としか。
そんな馬鹿馬鹿しいやりとりは時が経つにつれ、今では殆どが呆れて聞いている。廊下ですれ違った重森も、これに関して何かブッ込みたい様子ではありながらも、「そろそろ期末だな」と、囁いただけに終わった。
みんな、純粋に飽きたのかもしれない。
俺はもう、ひたすら課題をやる。ひたすらひたすら、「バカは放っとけ」を繰り返した。阿木の言葉は、ある意味正しい。この場合、バカに限りそれは右川だ。人を浮気モノ呼ばわりする資格あんのか!
藤谷に堂々と俺を差し出す発言。今に始まった事じゃない。
彼氏を差し出してでも、バトルの勝利を優先する。
どこまでも、おまえは俺を売る……。
見てろよ。
クリスマスは、絶対容赦しないからな。
優柔不断で、キツい性格。
それに自意識過剰までもが加わって……俺も同類?
かなり最低の部類に入る気がした。
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