God bless you!~第13話「藤谷さん、と」
あたしが男なら
8時ちょうどの電車が到着。
いつもの電車から数えて、3本見送った。
右川は来ない。
もう諦めて歩き出す。
今朝はどうやって藤谷を振り切ろうかと、そんな事を考えていた。
その時だった。
後方で右川の声がした。
見ると、反対側の歩道で、砂田を相手に言い合いをしている。
自信満々で仁王立ち。男子が相手なら遠慮は無い。
またドぎつい事を言っているに違いないと思った。
なんといっても男子だ。力だけで言うなら本気を出せば、砂田の方が圧倒的に強い。だけど砂田は女子に甘いから。天と地がひっくり返っても女子に手を上げるようなヤツではない事も。
そうは言っても、右川には、重森や永田との過去もある。本気でやり始めたらマズいんじゃないかと、やっぱりどこまでも右川が心配だった。
大急ぎで駆け寄ると、「痛てぇ!」と、砂田が足を抱えて転がる。
すでに、やられたか……。
「センセイ、お掃除、終わりましたけど」
右川は仁王立ち。
「さっさと、彼女と行けば?朝から仲いいもんねーーーっ」
「そんな、いつまでも意地を張るなよ。頼むから、1度でいいから藤谷に謝ってくれ。それで終わり。後は全部が丸く収まるから」
右川はちゃんと謝ったと、藤谷にも周囲にも、俺が刷り込んでやるから。
突然、右川はカバンを振り上げた。
かと思うと、ブンブン振り回す。
こっちに投げつける。
それを腕で受け止めた俺に向かって、「この浮気者!」と叫んで足元を蹴飛ばした。バランスを失った俺は、「うっ!」と呻いて、砂田の横に倒れる。
正確だった。1番痛い所だ。
砂田は、「何だぁ!?ちくしょう!犯すぞ!」と言った所でさすがにその発言はマズイと感じたのか、倒れた俺に向かって、「あ、いや冗談だから。うそうそ」とヘラヘラ笑う。何故か、腕でごしごしと顔を拭った。
まさか。
「おまえ、泣いてんの」
右川に蹴られて?
砂田は、頷くと俯くをゴチャ混ぜにして、「別に、どっこも痛くねーよ!」と顔を伏せた。
うわ。
マジやめてくれ。
この修羅場にありながら、うっかり笑うだろ。
恐らく、蹴られた以上に屈辱的な事を言われたに違いないとは想像が付く。
一体何を言われたのか。名言、知りたい……と思う好奇心、そんな自らの内に潜む悪魔を、自らの意地と怒りで押し潰した。毒を持って毒を制す……。
いつのまにか剣持がその先に居る。
藤谷も。2人並んで唖然としていた。
というか、藤谷が強引にスリ寄っていた。
右川は投げたカバンをもぎ取ると、その方に向かう。
それを迎え撃つ覚悟なのか、藤谷は不敵に笑いながら、剣持の腕に絡み付いた。剣持はギョッとして振りほどく。それをまた、藤谷が絡む。何度振りほどいても、藤谷は頑として隣を動かなかった。
右川は、対峙した。
「こいつは今、折山ちゃんと付き合ってんだよ!あんた誰でもいい訳?マジでビッチじゃん」
ここからまた始まるのかと頭を抱えた。
どうしてもと言うなら、相手は俺の方が、まだマシだ。
足を引きずるようにして立ち上がると、
「ヒトの脚を蹴飛ばすのが、おまえの常識なのかっ!」
グイと腕を掴んで、その視線を藤谷から逸らした。
「非常識女にやりたい放題を許してるあんたの常識こそどうなの!」
「こうなった元はと言えば、おまえが藤谷を泣かせたりするからだろ!」
「あんなウソ泣きに本気で騙されてんの?バカなの?!」
「あーもう俺はバカだよ。バカでいいよ!とにかく、いいかげん1つぐらい謝れ」
「死んでも絶対、嫌だ!」
俺の腕を切り離し、それだけに止まらず、右川は俺を突き飛ばした。
「謝るのは、あたしじゃない。そっちだ!」
面接は上手くいったのか。
そう聞いてやりたかった。
強情なヤツ。
こんなのを心配して、藤谷を我慢して、メールして、クリスマスを考えて……握りしめた右手に、怒りのゲージは最高潮を迎える。
この時ばかりは、皆の前だろうが何だろうが、その横っ面を張り飛ばしてやろうかと……一瞬、衝動が駆け巡った。嘘とも本気ともつかない。
ここで張り飛ばしたら、右川とは当然お別れ。
ヘタすると、藤谷というオマケ付き。
不思議なほど冷静に、俺は怒りを閉じ込めた。
「分かった。2人で謝ろう」
もう、終わらせる。
右川の首根っこを掴んだ。
その腕を強引に引いて、藤谷の目の前に連れ出すと、
「嫌だ!あたしは絶対謝らないのっ!」
その頭を押さえ付ける。
藤谷に向かって、俺も一緒に頭を下げた。
ごめん。
「離せっ!痛いっ!」と右川は、まだまだ暴れる。
そんな痛いぐらいで許せる気がしない。俺の身にもなれ。
こうしている今も……こんな乱暴な事をしたら、いくら右川でも傷付く。
もしかしたら、マジで泣いてしまうんじゃないか。
藤谷との争いが一件落着したとして、もう俺達は以前のように仲良く元には戻れないんじゃないかと……胸が苦しくてしょうがない。
野次馬は、ほどほどに居た。周囲の物音から察するに、やっぱり今もそこそこ居るだろう。砂田もまだ、そこに居た。立ちあがってはいたが、呆気に取られたまま、その成り行きを静かに眺めている。
「そんな2人掛かり。やけくそで謝られても」
藤谷はこの状況、どう捉えたらいいのか判断に迷っていた。
それでも剣持の隣を離さない。その腕は貼り付いたままだ。
右川が急に大人しくなった。かと思うと、俺の手を乱暴に振り払う。
そして、その手を甘噛み……ではなかった。
痛烈にマジ噛みして、こっちの指あたり関節に激痛が走る。
油断していると、すぐに突き飛ばされた。
「そういう強引な決着ばっか!あんた根性腐ってんだよ!」
右川は学校に向かって走り出した。
しばらく思い悩んだ末、砂田がその後を追うように慌てて駆け出す。
渡りに船か。仲間の手前、居心地の悪さもあったかもしれない。
藤谷と剣持のツーショットを見せつけられては、尚の事。
それを見送った剣持は、まず藤谷の腕を振り払った。
ピアス、ペンダントを次々と外して、それを地面に放り投げる。
「気に入ってんだろ。全部やるよ」
そこで決意を、そして覚悟を伝えるように、俺に向かって頷いて見せた。
誰の後を追うでもなく、剣持は悠々と立ち去る。
その背中を見送りながら、俺はもう、ただただ剣持に、してヤラれている。
なんて男前なのか。男でも惚れてしまう。
優柔不断を続ける限り、俺なんかでは剣持の足元にも及ばない。
藤谷は、まるで魂の抜け殻だった。
やると言われたからと言って、さすがに拾えないだろう。
「何これ。まるで金で縁切るみたいじゃん。酷い。最低」
ショックが大き過ぎた。口元に両手を当てて震えている。
だけど泣いてはいない。いつだったか、右川に毒を喰らった程のダメージは、今の藤谷には無いと思った。
その様子を窺っていると、つと、藤谷はこちらに近付いてくる。
何かと思えば、そっと俺の腕を取る。
両腕で抱える。
その顔を埋める。
俺にも出来るだろうか。剣持みたいに、堂々と。
閉じ込めたままの怒りを、俺はここで、一瞬で解放した。
「もう誰も剣持の代わりはしないぞ!」
藤谷はハッとして、すぐに離れた。取替えを言い当てられた恥ずかしさなのか、俺の激しい拒絶にあったからなのか、その顔は1度歪んだ。
「あのチビは、ああいう態度だよ。あんた、それでもいいの!?」
「いい訳ないだろ!」
噛まれた指先には鈍い痛みが残った。
拭っても拭っても、人指し指に新しい血を見る。
「もう右川みたいな子やめなよ。あんたにはもっと仲良くできる子が周りにたくさん居るじゃん。あたしじゃなくてもいいよ。真理子とか結衣とか」
いつもの電車から数えて、3本見送った。
右川は来ない。
もう諦めて歩き出す。
今朝はどうやって藤谷を振り切ろうかと、そんな事を考えていた。
その時だった。
後方で右川の声がした。
見ると、反対側の歩道で、砂田を相手に言い合いをしている。
自信満々で仁王立ち。男子が相手なら遠慮は無い。
またドぎつい事を言っているに違いないと思った。
なんといっても男子だ。力だけで言うなら本気を出せば、砂田の方が圧倒的に強い。だけど砂田は女子に甘いから。天と地がひっくり返っても女子に手を上げるようなヤツではない事も。
そうは言っても、右川には、重森や永田との過去もある。本気でやり始めたらマズいんじゃないかと、やっぱりどこまでも右川が心配だった。
大急ぎで駆け寄ると、「痛てぇ!」と、砂田が足を抱えて転がる。
すでに、やられたか……。
「センセイ、お掃除、終わりましたけど」
右川は仁王立ち。
「さっさと、彼女と行けば?朝から仲いいもんねーーーっ」
「そんな、いつまでも意地を張るなよ。頼むから、1度でいいから藤谷に謝ってくれ。それで終わり。後は全部が丸く収まるから」
右川はちゃんと謝ったと、藤谷にも周囲にも、俺が刷り込んでやるから。
突然、右川はカバンを振り上げた。
かと思うと、ブンブン振り回す。
こっちに投げつける。
それを腕で受け止めた俺に向かって、「この浮気者!」と叫んで足元を蹴飛ばした。バランスを失った俺は、「うっ!」と呻いて、砂田の横に倒れる。
正確だった。1番痛い所だ。
砂田は、「何だぁ!?ちくしょう!犯すぞ!」と言った所でさすがにその発言はマズイと感じたのか、倒れた俺に向かって、「あ、いや冗談だから。うそうそ」とヘラヘラ笑う。何故か、腕でごしごしと顔を拭った。
まさか。
「おまえ、泣いてんの」
右川に蹴られて?
砂田は、頷くと俯くをゴチャ混ぜにして、「別に、どっこも痛くねーよ!」と顔を伏せた。
うわ。
マジやめてくれ。
この修羅場にありながら、うっかり笑うだろ。
恐らく、蹴られた以上に屈辱的な事を言われたに違いないとは想像が付く。
一体何を言われたのか。名言、知りたい……と思う好奇心、そんな自らの内に潜む悪魔を、自らの意地と怒りで押し潰した。毒を持って毒を制す……。
いつのまにか剣持がその先に居る。
藤谷も。2人並んで唖然としていた。
というか、藤谷が強引にスリ寄っていた。
右川は投げたカバンをもぎ取ると、その方に向かう。
それを迎え撃つ覚悟なのか、藤谷は不敵に笑いながら、剣持の腕に絡み付いた。剣持はギョッとして振りほどく。それをまた、藤谷が絡む。何度振りほどいても、藤谷は頑として隣を動かなかった。
右川は、対峙した。
「こいつは今、折山ちゃんと付き合ってんだよ!あんた誰でもいい訳?マジでビッチじゃん」
ここからまた始まるのかと頭を抱えた。
どうしてもと言うなら、相手は俺の方が、まだマシだ。
足を引きずるようにして立ち上がると、
「ヒトの脚を蹴飛ばすのが、おまえの常識なのかっ!」
グイと腕を掴んで、その視線を藤谷から逸らした。
「非常識女にやりたい放題を許してるあんたの常識こそどうなの!」
「こうなった元はと言えば、おまえが藤谷を泣かせたりするからだろ!」
「あんなウソ泣きに本気で騙されてんの?バカなの?!」
「あーもう俺はバカだよ。バカでいいよ!とにかく、いいかげん1つぐらい謝れ」
「死んでも絶対、嫌だ!」
俺の腕を切り離し、それだけに止まらず、右川は俺を突き飛ばした。
「謝るのは、あたしじゃない。そっちだ!」
面接は上手くいったのか。
そう聞いてやりたかった。
強情なヤツ。
こんなのを心配して、藤谷を我慢して、メールして、クリスマスを考えて……握りしめた右手に、怒りのゲージは最高潮を迎える。
この時ばかりは、皆の前だろうが何だろうが、その横っ面を張り飛ばしてやろうかと……一瞬、衝動が駆け巡った。嘘とも本気ともつかない。
ここで張り飛ばしたら、右川とは当然お別れ。
ヘタすると、藤谷というオマケ付き。
不思議なほど冷静に、俺は怒りを閉じ込めた。
「分かった。2人で謝ろう」
もう、終わらせる。
右川の首根っこを掴んだ。
その腕を強引に引いて、藤谷の目の前に連れ出すと、
「嫌だ!あたしは絶対謝らないのっ!」
その頭を押さえ付ける。
藤谷に向かって、俺も一緒に頭を下げた。
ごめん。
「離せっ!痛いっ!」と右川は、まだまだ暴れる。
そんな痛いぐらいで許せる気がしない。俺の身にもなれ。
こうしている今も……こんな乱暴な事をしたら、いくら右川でも傷付く。
もしかしたら、マジで泣いてしまうんじゃないか。
藤谷との争いが一件落着したとして、もう俺達は以前のように仲良く元には戻れないんじゃないかと……胸が苦しくてしょうがない。
野次馬は、ほどほどに居た。周囲の物音から察するに、やっぱり今もそこそこ居るだろう。砂田もまだ、そこに居た。立ちあがってはいたが、呆気に取られたまま、その成り行きを静かに眺めている。
「そんな2人掛かり。やけくそで謝られても」
藤谷はこの状況、どう捉えたらいいのか判断に迷っていた。
それでも剣持の隣を離さない。その腕は貼り付いたままだ。
右川が急に大人しくなった。かと思うと、俺の手を乱暴に振り払う。
そして、その手を甘噛み……ではなかった。
痛烈にマジ噛みして、こっちの指あたり関節に激痛が走る。
油断していると、すぐに突き飛ばされた。
「そういう強引な決着ばっか!あんた根性腐ってんだよ!」
右川は学校に向かって走り出した。
しばらく思い悩んだ末、砂田がその後を追うように慌てて駆け出す。
渡りに船か。仲間の手前、居心地の悪さもあったかもしれない。
藤谷と剣持のツーショットを見せつけられては、尚の事。
それを見送った剣持は、まず藤谷の腕を振り払った。
ピアス、ペンダントを次々と外して、それを地面に放り投げる。
「気に入ってんだろ。全部やるよ」
そこで決意を、そして覚悟を伝えるように、俺に向かって頷いて見せた。
誰の後を追うでもなく、剣持は悠々と立ち去る。
その背中を見送りながら、俺はもう、ただただ剣持に、してヤラれている。
なんて男前なのか。男でも惚れてしまう。
優柔不断を続ける限り、俺なんかでは剣持の足元にも及ばない。
藤谷は、まるで魂の抜け殻だった。
やると言われたからと言って、さすがに拾えないだろう。
「何これ。まるで金で縁切るみたいじゃん。酷い。最低」
ショックが大き過ぎた。口元に両手を当てて震えている。
だけど泣いてはいない。いつだったか、右川に毒を喰らった程のダメージは、今の藤谷には無いと思った。
その様子を窺っていると、つと、藤谷はこちらに近付いてくる。
何かと思えば、そっと俺の腕を取る。
両腕で抱える。
その顔を埋める。
俺にも出来るだろうか。剣持みたいに、堂々と。
閉じ込めたままの怒りを、俺はここで、一瞬で解放した。
「もう誰も剣持の代わりはしないぞ!」
藤谷はハッとして、すぐに離れた。取替えを言い当てられた恥ずかしさなのか、俺の激しい拒絶にあったからなのか、その顔は1度歪んだ。
「あのチビは、ああいう態度だよ。あんた、それでもいいの!?」
「いい訳ないだろ!」
噛まれた指先には鈍い痛みが残った。
拭っても拭っても、人指し指に新しい血を見る。
「もう右川みたいな子やめなよ。あんたにはもっと仲良くできる子が周りにたくさん居るじゃん。あたしじゃなくてもいいよ。真理子とか結衣とか」