God bless you!~第13話「藤谷さん、と」
もう誰を言われても、女子の顔さえ浮かばない。
右川の最低な顔ばかりが浮かぶ。
右川とは、今もいつまでも、たぶんこれからも、ずっとケンカだ。
ケンカするほど仲がいいとか、そんな甘いもんじゃない。さっきみたいに、普通に張り飛ばしてやろうかと思った事も1度や2度じゃなかった。
相手は女子だからという制御が効かなくなりそうな事も何度かある。
気が付けば、取り憑く藤谷には嫌とさえ言えず、どんなにムカついても他の誰かとケンカなど滅多に無い俺が、右川とはモノを投げてまで戦った。
戦うから分かる事もある。強引な決着だと右川は言った。
腕力で押さえ付けて謝った事にするなんて、確かに汚いやり方だ。根性腐ってる。後には、苦い後悔だけが残って……噛まれた指先を口元に寄せると、今はもう、痛みと共にじっくりと血を味わう他無かった。
「何なの、あの子!凶暴過ぎ。頭おかしいんじゃないの!」
藤谷は一点を見詰めて、低い呼吸を繰り返した。
どうすれば右川を倒す事が出来るのか。
藤谷は言葉を、そして手段を探っている。
意外というか、その顔は悪魔とも違っていた。俺にまとわりつく時より、全然いい顔してるじゃないか。戦う女の顔が、ここにもあると思った。
「右川とは、どこまでも戦うしかないんだよ。見たろ。泣きもしない。あいつは絶対に折れて来ない」
「どう戦えばいいって言うの、あんなヤバいの」
「一緒に戦うとか」
いきなりの対右川同盟宣言に、藤谷は固まった。
引いた、かもしれない。
「右川って、強い?」
こうなったらどんな手段も選ばないと、藤谷の目はそう言ってるように見えた。砂田あたりを、そそのかすかもしれない。もう、いい加減、そんな事は終りにしたかった。右川じゃないが、そういう強引な決着は、もう嫌だ。
「あいつは、凄く強いと思う」
俺は、男のプライドをかなぐり捨てた。
「重森と永田は、もう何度もヤラれてる。俺も砂田も蹴られたし。だけど藤谷には……あれだけムカついてんのに、どうしてだか蹴りの1つも無いけど」
俺は藤谷に、最後のクサビを打ちこんだ。
腕力で向かってこない相手に、こちらから手を上げるような卑怯な奴ではないと、そう思いたかった。
そのまま押し黙った藤谷を見て、俺は少しだけ胸を撫で下ろす。
誰かを巻き込んでまで、本気で対決する意志までは……見えない。
「一緒に戦うって言ったって、結局あんた達は今も付き合ってるじゃん」
まるで独りの覚悟を決めたように、藤谷は呟いた。
「付き合ってるといっても、ケンカばっかで。俺だって戦ってんだよ」
それは、決して憎いからではない。
俺という人間を教えたいと思うからである。
藤谷の場合は憎いというよりも、ズバリ弱みを言い当てられた悔しさから始まっていた。自分の痛い所を右川からガンガン指摘され、藤谷は文字通り自分を教えられた事だろう。
さっきと打って変わってすっかり落ち込んだ藤谷を見ていると、何だかちょっと可哀想な気もする。
右川とケンカして後で必ず落ち込むとは……まるで誰かのようだな。
藤谷を置き去りにしてサッサと立ち去る……俺には、それが出来ない。
この期に及んで、優柔不断の極みだ。
藤谷が歩き出すまで、とりあえずその場には居てやることにした。
無言。
無言。
寒い。
……長い。
女子の機嫌を直すのは時間が掛る。そういや俺って、いつも待ってばかりだな。
右川は、どうしよう。先が思いやられる。
俺は一体、あといくつプライドを捨てればいいのか。
とうとう、明日の。
あー……。
「クリスマスか。どうしよう」
ヤバいと思ってからでは遅かった。
頭で考えたつもりが、うっかり声に出てしまう。
「はぁ!?」
藤谷は激しく激昂。殴られると思って、俺は思わず頭を庇った。
「傷もらっといて何そんな呑気な事言ってんの!戦うとか言って、蹴られたり噛まれたり、あんた、ずっとヤラれっぱなしじゃん!」
いきなり元気が戻った。本性が出た、というべきかもしれない。
今度はこっちが黙る番だと思った。右川の時と同じように言い返してはいけない。俺と言う人間の本性を、藤谷に教える必要は無いのだから。
「ごめん。謝る。マジで。許して」
速攻、プライドを捨てる。
(俺のライフゲージって、あとどんぐらい残ってんの?)
「結局、沢村はどこまでも右川に甘いんだよ。何やってんの、もっと本気出しなよ!あたしが男だったら、右川みたいな生意気なチビ、上から無理矢理押さえつけて、あそこエグってやるのに!」
ひィ。
さすがの俺も、これには引いた。
ここまで毒々しい台詞は初めてだ。
どうにも気持ちが収まらないのか、藤谷はぶつぶつと、まだまだ元気に続いている。そのキワどい発言の数々は、まさにこちら側だった。
思えば、さっきの俺は、右川の頭を上から押さえつけて無理矢理だった。
あれも……確かに、かなりエグった気もする。キワどい。
ふと思う所があって、
「藤谷が男だったら、右川と付き合ってたかもしれないよな」
「はあ!?」
「仲好いな、おまえら。寄ると触ると絡んでさ。ひょっとしてもう俺に内緒で付き合ってるとか」
いつかの原田先生の言葉をもじった。
「絶対付き合ってないから!」
俺は思わず吹き出した。
「それ」
それそれ。
「似たような事、俺も散々言ったじゃん」
半分呆れて笑けてきた。
藤谷は何を言っても墓穴を掘って笑われると判断したのか、それきり黙った。それは黙っただけであり、決して納得してはいない。
その場に、立ち止まったままだ。長い、長い逡巡であった。
藤谷は、右川を見つけてしまった。
そこにもやっぱり何か理由があると思えた。
反対側にいて、これからもずっと戦い続ける相手だと思う。間違いなく。
「こんなの、売り飛ばしてやる」
ペンダントもピアスも漏れなく拾って、藤谷は静かに歩き出す。
もう俺に取り付いてはこなかった。
適度な距離を取り、共に並んで、まるで戦友同士。
遥か先を行く右川に照準を合わせて……そんな気がした。
戦う気満々で、やっぱりいい顔だと思う。
俺も正々堂々と戦うしかなかった。右川グループは、まだまだ俺にとって難攻不落の壁だが、折山のように常識のあるヤツらの集まりであるなら、分かってくれる時が来る。信じて待つしかない。
右川は夜間の試験も終わった事だし、後は結果を待つだけ。すっかり落ち着いている頃と思う。ケンカなんかしてる場合じゃないだろ。
というか、そんな余裕を与えてたまるか。
少々強引(というか自意識過剰)でも、これが俺だ。
とことん俺を知れ。
男として次の戦いの場は、明日のクリスマス。
右川の最低な顔ばかりが浮かぶ。
右川とは、今もいつまでも、たぶんこれからも、ずっとケンカだ。
ケンカするほど仲がいいとか、そんな甘いもんじゃない。さっきみたいに、普通に張り飛ばしてやろうかと思った事も1度や2度じゃなかった。
相手は女子だからという制御が効かなくなりそうな事も何度かある。
気が付けば、取り憑く藤谷には嫌とさえ言えず、どんなにムカついても他の誰かとケンカなど滅多に無い俺が、右川とはモノを投げてまで戦った。
戦うから分かる事もある。強引な決着だと右川は言った。
腕力で押さえ付けて謝った事にするなんて、確かに汚いやり方だ。根性腐ってる。後には、苦い後悔だけが残って……噛まれた指先を口元に寄せると、今はもう、痛みと共にじっくりと血を味わう他無かった。
「何なの、あの子!凶暴過ぎ。頭おかしいんじゃないの!」
藤谷は一点を見詰めて、低い呼吸を繰り返した。
どうすれば右川を倒す事が出来るのか。
藤谷は言葉を、そして手段を探っている。
意外というか、その顔は悪魔とも違っていた。俺にまとわりつく時より、全然いい顔してるじゃないか。戦う女の顔が、ここにもあると思った。
「右川とは、どこまでも戦うしかないんだよ。見たろ。泣きもしない。あいつは絶対に折れて来ない」
「どう戦えばいいって言うの、あんなヤバいの」
「一緒に戦うとか」
いきなりの対右川同盟宣言に、藤谷は固まった。
引いた、かもしれない。
「右川って、強い?」
こうなったらどんな手段も選ばないと、藤谷の目はそう言ってるように見えた。砂田あたりを、そそのかすかもしれない。もう、いい加減、そんな事は終りにしたかった。右川じゃないが、そういう強引な決着は、もう嫌だ。
「あいつは、凄く強いと思う」
俺は、男のプライドをかなぐり捨てた。
「重森と永田は、もう何度もヤラれてる。俺も砂田も蹴られたし。だけど藤谷には……あれだけムカついてんのに、どうしてだか蹴りの1つも無いけど」
俺は藤谷に、最後のクサビを打ちこんだ。
腕力で向かってこない相手に、こちらから手を上げるような卑怯な奴ではないと、そう思いたかった。
そのまま押し黙った藤谷を見て、俺は少しだけ胸を撫で下ろす。
誰かを巻き込んでまで、本気で対決する意志までは……見えない。
「一緒に戦うって言ったって、結局あんた達は今も付き合ってるじゃん」
まるで独りの覚悟を決めたように、藤谷は呟いた。
「付き合ってるといっても、ケンカばっかで。俺だって戦ってんだよ」
それは、決して憎いからではない。
俺という人間を教えたいと思うからである。
藤谷の場合は憎いというよりも、ズバリ弱みを言い当てられた悔しさから始まっていた。自分の痛い所を右川からガンガン指摘され、藤谷は文字通り自分を教えられた事だろう。
さっきと打って変わってすっかり落ち込んだ藤谷を見ていると、何だかちょっと可哀想な気もする。
右川とケンカして後で必ず落ち込むとは……まるで誰かのようだな。
藤谷を置き去りにしてサッサと立ち去る……俺には、それが出来ない。
この期に及んで、優柔不断の極みだ。
藤谷が歩き出すまで、とりあえずその場には居てやることにした。
無言。
無言。
寒い。
……長い。
女子の機嫌を直すのは時間が掛る。そういや俺って、いつも待ってばかりだな。
右川は、どうしよう。先が思いやられる。
俺は一体、あといくつプライドを捨てればいいのか。
とうとう、明日の。
あー……。
「クリスマスか。どうしよう」
ヤバいと思ってからでは遅かった。
頭で考えたつもりが、うっかり声に出てしまう。
「はぁ!?」
藤谷は激しく激昂。殴られると思って、俺は思わず頭を庇った。
「傷もらっといて何そんな呑気な事言ってんの!戦うとか言って、蹴られたり噛まれたり、あんた、ずっとヤラれっぱなしじゃん!」
いきなり元気が戻った。本性が出た、というべきかもしれない。
今度はこっちが黙る番だと思った。右川の時と同じように言い返してはいけない。俺と言う人間の本性を、藤谷に教える必要は無いのだから。
「ごめん。謝る。マジで。許して」
速攻、プライドを捨てる。
(俺のライフゲージって、あとどんぐらい残ってんの?)
「結局、沢村はどこまでも右川に甘いんだよ。何やってんの、もっと本気出しなよ!あたしが男だったら、右川みたいな生意気なチビ、上から無理矢理押さえつけて、あそこエグってやるのに!」
ひィ。
さすがの俺も、これには引いた。
ここまで毒々しい台詞は初めてだ。
どうにも気持ちが収まらないのか、藤谷はぶつぶつと、まだまだ元気に続いている。そのキワどい発言の数々は、まさにこちら側だった。
思えば、さっきの俺は、右川の頭を上から押さえつけて無理矢理だった。
あれも……確かに、かなりエグった気もする。キワどい。
ふと思う所があって、
「藤谷が男だったら、右川と付き合ってたかもしれないよな」
「はあ!?」
「仲好いな、おまえら。寄ると触ると絡んでさ。ひょっとしてもう俺に内緒で付き合ってるとか」
いつかの原田先生の言葉をもじった。
「絶対付き合ってないから!」
俺は思わず吹き出した。
「それ」
それそれ。
「似たような事、俺も散々言ったじゃん」
半分呆れて笑けてきた。
藤谷は何を言っても墓穴を掘って笑われると判断したのか、それきり黙った。それは黙っただけであり、決して納得してはいない。
その場に、立ち止まったままだ。長い、長い逡巡であった。
藤谷は、右川を見つけてしまった。
そこにもやっぱり何か理由があると思えた。
反対側にいて、これからもずっと戦い続ける相手だと思う。間違いなく。
「こんなの、売り飛ばしてやる」
ペンダントもピアスも漏れなく拾って、藤谷は静かに歩き出す。
もう俺に取り付いてはこなかった。
適度な距離を取り、共に並んで、まるで戦友同士。
遥か先を行く右川に照準を合わせて……そんな気がした。
戦う気満々で、やっぱりいい顔だと思う。
俺も正々堂々と戦うしかなかった。右川グループは、まだまだ俺にとって難攻不落の壁だが、折山のように常識のあるヤツらの集まりであるなら、分かってくれる時が来る。信じて待つしかない。
右川は夜間の試験も終わった事だし、後は結果を待つだけ。すっかり落ち着いている頃と思う。ケンカなんかしてる場合じゃないだろ。
というか、そんな余裕を与えてたまるか。
少々強引(というか自意識過剰)でも、これが俺だ。
とことん俺を知れ。
男として次の戦いの場は、明日のクリスマス。