God bless you!~第13話「藤谷さん、と」
持ってる男、剣持ユミタカ
右川の話題が、芸能人あるあるから、仲間あるあるに移る。
「もー、堀っち、ウケる」
何の事かと尋ねたら、
「こないだマックでさ、掘っちが〝そっちはコーヒーでいいの?〟って誰かに何か言ってんの。よく見たら、それ鏡に映った掘っち自身だってばよ!」
ガハハハハハ!
……あぁ、そういう事。
「それ言ったら2組の篠パーなんかね、体操服忘れて誰かに借りるとかって学校中駈けずり回ってんの。家近いんだから、その勢いで家まで取りに帰れよーみたいな」
この所、俺は困惑を隠せない。
身内のあだ名で語られる輩は、誰のことやら姿形が全く浮かばなかった。
「堀っちは、堀口。篠パーは、篠原」
だそうだが、右川の口から出てくる名前は、確かにどこかで聞いた覚えはあるものの、普段からあまり交流の無いやつらの名前ばかり。
よく知らない。
ある日、それを正直に言うと、「ええー……」と怪訝そうな顔と共にこんな答えが返ってきた。
「ま、仕方ないか。あたしだって、沢村の親しいヤツらと、あんま話とかしないもん。よく知らなーい」
最初聞いた時は、少々の違和感が漂う。
右川は会長選挙以来、何度も話題の中心になってきた。
知られていると言えば十分に知られている。
俺の周りに集まるのは部活やクラスでも中心になるような、目立つ奴らばかりで、右川はそんな目立つ奴らの仲間入りを果たしたと、俺は心のどこかで思っていた。しかし、決してそうではない。
右川の言動に反応して沸騰する連中、すなわち右川の会は、その後も無駄に会員を増やし、一時期パッと集まって話が咲いたかと思えば一瞬ですぐに収まりと、それを何度も繰り返した。
そこには必ずと言っていいほど、右川の姿は無い。
それは意外でもあり、そして、どこか納得でもある。
右川が自分から進んで話をするのは、みんなどこか地味で控えめな子ばかり。海川、進藤、松倉。後輩に至るまで。そう言えば、阿木もそんな中の1人。
右川自身、そんな子の中にいるほうが自然に振舞えるらしい。
それはそうかもしれないが、右川に時々垣間見える強い性格で、賑やかな連中とも何とか渡り合って行けるんじゃないか。そんな気もする。
賑やかな連中の間では、かなり刺激のある話題が多い。
誰かがくっ付いたとか別れたの話。
これには実際、俺と右川も散々話題を提供してきた。
男子高&女子高あるある。他校のキワどい話。
先輩の危ない話。大人世界の都市伝説。
俺はその話を、半分笑いながら驚きながら呆れながら、いつも聞き流す。
以前付き合っていた桂木は、自然と加わって、割と上手に聞き流していたように思う。バスケ部などはバレー部以上に激しいヤツらの集まりだから、免疫はあったと推察するのだ。
これを進藤達がまともに聞いたらドン引きしてしまうかもしれない。
右川なら、ドン引きはしないだろう。中には興味を持って聞けそうだと思えるゴシップもあるから。
俺自身は、そう目立つほうではないと自分では思っている。
だが、1年から生徒会に入っている事自体、控えめとは言えない気もした。
周りに集まるヤツらを見れば、自分がクラスの中でどういう部類に属しているか分かると言うが、周りを見渡せば……困ったことに性格的にキツい、激しいやつらばかり。俺も、キツい部類に入っているのかもしれない。
激しい気性の奴らは、交流も激しい。仲間内でもくっ付いたり離れたり、取ったり取られたりを繰り返す。展開の速さ、立ち直りの速さに唖然とする。
忙しさのせいもあってか、俺自体がその中に巻き込まれることは無かった。
元カノと別れた時だけ、どっか行こうとか、友達にいい子がいるとか、他校の誰かを紹介してやるとか、色々騒がしかった事を覚えている。
当然、その紹介先の相手も激しい部類だ。
ラインだけで付き合おうという女子仲間の1人。
男なら誰でもいいと言う女子高の生徒。
誰かと誰かの、元カノ。
そんな種族の知り合いの知り合いの、知り合い。
そんなのが写真付きメールで続々送られてくる。
まるで、恐怖のカタログ販売だ。
その頃、俺は生徒会も部活も忙しく、実際は女子どころじゃない。
周りの激しい話を聞きすぎて、もうお腹一杯というか……そこら辺、控えめとは言えないが激しくもない、どっちともとれない種類じゃないかと感じる。
ノリなんかは、全然おとなしい部類だ。それが俺と一緒にいるが為、オマケで取り込まれてしまった感じがあるな。
周りは、クリスマスをどうするかと、今はその話題で沸騰中。
行きたい場所。買いたいモノ。彼氏と予備校デート。仲間とゲームのイベント。お姉ちゃんといつも通り。ぼっちで犬と遊ぶ。「オレはどっかの女とどっかに行くゼェ!」と、永田は相変わらずイキってんな。
「ノリって、本命いつ?」
これは女子ではない。第一志望の事だ。
喧騒に紛れて、そっと訊いてみた所、関西の大学を第一希望にしているノリは、「年明け一発目だ」と目を伏せる。その間も、滑り止めの波状攻撃は手加減なく襲ってくる。
「俺達は、まだまだ気が抜けないな」
見渡せば、仲間内はもう殆どが推薦で、修道院大学に行き先を決めている。
同じ痛みと切なさを共有できるのは、ここでは俺とノリだけだ。
成功を祈る。ハイタッチするほど、俺達は意気揚々でもない。心臓を捧げよ……とばかりに、握り拳を胸に当てた。
ふと、教室の前方……右川の様子を窺うと、耳から恐らく英語を聴きながら(?)珍しく真面目に自習課題をやっているように見えた。
たまに、進藤や海川と、ちょこちょこ話をしながら。
思えば、男子の海川など、同じクラスでありながら必要最小限以外、交流は一切無い。コンビニで御一緒した事も、マックでアイスを一口貰う事も、今度どっか行く?と会話をする事も、向こうから来る事も、こちらから行く事も、全て無い。
俺と右川は、本当に同じ学校に通っているのかと疑いたくなるほど、お互いの友人について一切の絡みも無く、詳しくを知らなかった。
共通の友人と呼べる生徒は少ないと日々実感している。
今は、阿木と桂木ぐらいしか浮かばない。
俺と右川に1年の時の出会いが無ければ、右川の武勇伝を周りの雑談として聞き流し、交流など無く、3年間お互い口も利かずに過ごしたかもしれない。
そう思う時、まるでお伽噺を聞くように遠い目になる。
……不思議な話だよな。
そんな俺らが、まさか仲良く(?)付き合う事になるとは。やっぱデカいのとチビはそうなる運命。いつか聞いた誰かの戯れ言も、今なら素直に頷ける。
その日、授業の合間の休憩時間。
突然、どうした事か、右川が俺の席まで向かってきた。
珍しい事もある。
さっきも1度、こっちに向かって来ようとしたのだが、やいのやいのとうるさい砂田が居て、右川は接近を諦めて舞い戻っていた。
その右川が再び、そろそろと遠慮がちにやってくる。まるで不安定な場所を行くように、両手を広げてバランスを取りながら近付いてきた。
見ようによっては挙動不審。
目が合った。