God bless you!~第13話「藤谷さん、と」
恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
そんな気持ちを目が合えば一瞬でも共有するような……あの日以来、右川とはそんな毎日だ。まだ1度だけの、真夜中の出来事である。
不思議と穏やかに、当たり前に、2人の日常は続いて……。
白状しよう。
あいつは、最高に可愛かった……。
思い出そうとする度に、鼻先あたりが熱くなる。
周囲に勘付かれないように顔を隠すとか、平常心を装って深呼吸とか、とりあえず咳払いとかしてみるなど、もう何でもやった。
受験が終わったら。いや、その前にクリスマスだってあるし。
こちらの胸内には、否が応にも、次の期待が盛り上がって来る。
今、俺の側に居るのは、剣持とノリだけ。
1番うるさい砂田がいなくて命拾いした。
「奥さん来たぞ!」と、剣持はご自慢の大きな声で知らせてくれると、「こっち来い。右川っ子」と俺の前の席を右川に譲った。
右川も、「へい♪」と、ヘラヘラ応えて座る。
「何?」と、わざと平気を装って訊いたらば、
「あんたのパソコン貰いっぱなしなんだけど、どうしようか」と今更な話をしてきた。
今ここに来てわざわざ言う事がそれかよ。
……ま、せっかく来たものを追い返すような事も言いたくないな。
「来年になったら大きいの買うから、それ持ってていいよ」
もし国立に合格したらご褒美を……と親にニンジンをぶら下げられている。
3年になるとパソコンに構っている余裕は無かったし、ちょっと覗こうという時は、お昼休みに生徒会室の端末を使う。スマホもある。今のところ無くても困らない。
「右川さ、ちょっとそこへ立ってみろよ!」
その声の音量に耳を塞ぎながら、「え?立つの?今座ったばっかなんだけど」と、ぶつぶつ言いながらも、右川は素直に立った。
「なに?」と疑ってかかる右川に向かって、
「凄ぇ。奇行種!立っても座ってもホント変わんねーな!」
マズい!と俺は構えた。
わずかに、右川の下顎が持ち上がる。「あ?」
まるでチンピラが因縁を吹っ掛ける前ぶれだ。
「ごめんごめん。分かった分かった。もういいって。座れ座れ!」と上機嫌で剣持が詫びを入れると、右川は肩を叩かれるままに、とりあえず座ったものの、上睨みが止まらない。
ノリと目が合った。距離を取る?間に入る?やっぱ逃げる?
俺達は最悪の事態を想定して、身の振り方を探り合う。
この不穏な空気に、剣持が気付く様子は無い。
「おまえさ、最近やけに真面目じゃん。小っちゃいのにエラいな!」
右川のもじゃもじゃ頭を撫で回した。
あぁ、またまたブチ込んでくれて……これで剣持は闇に堕ちる。
右川がニッと笑った。
案の定、次の瞬間、
「にーさん、そんな事で笑い取れるほど甘くないよ。声でか!ていうか、いつも顔が汚れてんですけど。クズクズクズ……あたしはこの程度でも聞こえますから。あと、小さいとか太ってるとか、女子に向かって体の事言わない方がいいと思うけど。そっちがそれなら、こっちも言うけどさ。クソ天狗。イキってんじゃねーよ。一体どこでゴミ食べたの?」
右川の毒舌シャワーを、剣持が浴びたのは初めてかもしれない。
呆気に取られ、目をパチパチさせて、「今のって全部、俺の事?」と、俺に助けを求めてくる。
重森や永田のように、青筋立ててキレない事がせめてもの救いだった。
「俺の顔、何か付いてる?」
「詳しく分析しなくていいから、そこはスルーしろ」
それは剣持が日に焼けている事を当てこすったのだ。
黒ければ〝汚れてる〟となり、着ている服が赤ければ〝血だらけ〟となる。
右川のそういうパターンは最近、何となく読めてきた。
「右川さん。剣持は天狗でもいいと思うよ」と恐る恐るノリが口を挟んだ。
「そうだよ。持ってる男だ。こいつは」と俺も激しく同調。
剣持ユミタカ。
親がIT系会社の社長取締役。だから、家が金持ち。
バンドで使っている機材はすべて剣持の持ち物である。
剣持家のためだけに、家の前に新しいバス停が出来たとか出来ないとか。
まことしやかに伝えられる逸話は、枚挙にいとまがない。
その親は中学高校と、ずっとPTA会長を歴任していて、ここまで揃ったら、この界隈では恐らく最強だ。そこに諸先輩方々も一目置いている。
おまえ生意気だゾと、剣持がお呼び出しを喰らった事は1度も無い。
というか、怖くて出来ない。
剣持は中学の頃から水泳部に所属している。
だから顔も体も真っ黒に日焼けしているのであって、日サロに通っている訳でもなければ、決して汚れている訳でもない。
「その肌の色だから、こういう高価なアクセが似合うんだよね」と、いつだったか女子が自分の物のようにドヤ顔した事を思い出す。
高価な、ピアスとペンダント。
「高価って、それ程でもねーよ。全部で5万もいかないのに」
剣持は無邪気にも、しれっと言ってくれるのだ。
ここまで突き抜けると、嫌味を通り越していっそ清々しい。
声がでかいのは玉にキズだが、そんな派手なリアクションや整った見た目、プロフィールとは真逆に、仲間内ではノリと同等レベルで常識的な話が通じる男子である。
ピアスもペンダントも、修道院の面接試験ではちゃんと外した。
「全体的に、ちょっと抑えて行けよ」と担任からのアドバイスにも素直に従って、髪型を整え、制服も硬くまとめたらしい。
成績も問題視されるほど悪くはない。授業中は喋らない。ノートもちゃんと取っている。剣持から宿題を写させてくれと頼まれた事は1度も無く、チャラい見た目とは反対に意外と真面目な所があるから、先生にもウケが良かった。
もし生徒会長に立候補していたら、右川なんかよりよっぽど大差でトップ当選間違いない。フザけてそんなご提案をした事もあったが、「親がPTAで、俺が生徒会って、どんだけ独裁なんだよ」と本人は苦笑いでかわして。
余談だが、仲間の砂田という奴は、ピアスをうっかり付けたまま……というか確信して付けて、面接に臨んでいる。
合格ではあったが、当然、後で学校に苦情が来た。大馬鹿者だ。
文化祭では、剣持は誰よりも真剣にバンドの練習に取り組んでいて、見た目といい、将来はそっちの方向に進むつもりかと見ていたら、「嫌でも親の会社だよ」と冷めた答えが返ってくる。
「だからって、あの会社で俺に何ができんだよ。勘弁してくれよマジで」と嘆きつつも、「まあ色々聞いたら、放っとくわけにもいかなくてさ」と突き放しきれずに悩んでいる様子だった。
俺らには分からない世界、こいつなりに色々あるんだろうな。
話題が、ノリが最近買ったというパソコンの話に移った。程なくして、「課題が気になるから」と、ノリはクラスに戻り、俺と右川と剣持の3人になる。
話が途切れたと思ったその時、
「俺さ、実は右川に頼みたい事があって。いいかな」
「え、何?」と訊き返した。それほど、剣持の声に張りが無い。
「右川に……って、いや別に沢村が居てくれてもいいんだけど」
これまたしても剣持にしては声が小さい。
長い付き合いだからこそ分かる。これはシグナルなのだ。
剣持が何か大切な話をする時、声はその重大性に比例して小さくなる。
右川は、「あたしは、いいけど」
「いいよ。俺は構わないよ」
「実は」
剣持が言いにくそうに、さらにさらに小さい声になり、俺も右川も耳を澄ませて近付いた。
その時である。
「ねえ!クリスマスなんだけど、みんなでどっか行かない?」
女子を引き連れて、騒々しく藤谷が現れた。
途端に剣持はコロッと態度変えて、
「沢村はそれどころのクリスマスじゃねぇだろ!奥さんもいるんだし!」
いつもの大声を聴力全開で受け止めた俺はスマホをスッ転がし、同じように横倒しになった右川と共に、キーンとばかりに耳鳴りを味わう羽目になる。
「受験の息抜きだよ。ね?みんなで行こうよ!」
それどころのクリスマスじゃない……剣持は、俺が彼女と過ごすクリスマスを言ってくれたワケだが、それを差し置いて、藤谷は受験という寒い事実だけをすくった。
「どこ行く気なの」と、とりあえず聞いたらば、
「代々木公園!クリスマスに、きゃりー様が野外ライブをするんだよ。1日ぐらい、いいじゃん。沢村も行こうよ。剣持も好きだよね?」
「おうっ!いいね!」と、剣持の大声は響き渡った。
絶ぇーっ対っ、そんな事思ってないだろ!
「単独じゃなくてジョイントなんだけどさ」「え、誰と?」「かまってちゃん」「あ、そいつら。まだやってんだ」「亜里抄の姉ちゃんが超ハマってて。その流れでチケット手に入りそうでさ」と、藤谷は畳み掛けながら、俺の前席にストンと座った。
確か、何かが居たはずだ。何故、藤谷は座れたのか。
そう。それは右川がまたしてもというか、藤谷に席を譲るという卑屈な態度を見せたからだ。
それだけに留まらず、右川はずりずりと微妙に後退している。
俺はそのジョイント野郎に聞き覚えがあった。確か、右川が最近ハマっているとかいうヤツらで、俺を失望のドン底に突き落としてまで、アナタの事がぁ好きぃ~♪と演歌調ひけらかして歌ってたじゃないか。
突き落として、持ち上げる。どういうテクニックなのか。
もう嫌味にしか聞こえない。
今この成り行きで、どうして逃げるのかと不思議だった。
(どうしてそれを本人に直接言わないのか、も含めて。)
「あ!おまえも好きだよな?」
徐々に後ろに後退しつつある右川の制服の袖をつまむ。
強引に引き止めたはいいものの、振り返ったその顔は引きつっていた。
「え?右川も好きなの?きゃりー?かまって?どっち?」
詰め寄る藤谷に向けて、
「え、あ、あたしは……どっ、ちか、っつーと……ジャニーズ系かな♪」
本当の所はキスマイなんだ♪とかキンプリも微妙♪とか。周りに向かってズラズラと垂れ流しながら、俺の引き止めを振り切ってヘラヘラと退がった。
嘘だろ。
「おい!剣持の話がまだ終わってないぞ!」
右川が振り返る。
同時に、剣持に遮られた。
「いやそれは……またでいいや」
小さく、小さく、囁いた剣持である。
そんな気持ちを目が合えば一瞬でも共有するような……あの日以来、右川とはそんな毎日だ。まだ1度だけの、真夜中の出来事である。
不思議と穏やかに、当たり前に、2人の日常は続いて……。
白状しよう。
あいつは、最高に可愛かった……。
思い出そうとする度に、鼻先あたりが熱くなる。
周囲に勘付かれないように顔を隠すとか、平常心を装って深呼吸とか、とりあえず咳払いとかしてみるなど、もう何でもやった。
受験が終わったら。いや、その前にクリスマスだってあるし。
こちらの胸内には、否が応にも、次の期待が盛り上がって来る。
今、俺の側に居るのは、剣持とノリだけ。
1番うるさい砂田がいなくて命拾いした。
「奥さん来たぞ!」と、剣持はご自慢の大きな声で知らせてくれると、「こっち来い。右川っ子」と俺の前の席を右川に譲った。
右川も、「へい♪」と、ヘラヘラ応えて座る。
「何?」と、わざと平気を装って訊いたらば、
「あんたのパソコン貰いっぱなしなんだけど、どうしようか」と今更な話をしてきた。
今ここに来てわざわざ言う事がそれかよ。
……ま、せっかく来たものを追い返すような事も言いたくないな。
「来年になったら大きいの買うから、それ持ってていいよ」
もし国立に合格したらご褒美を……と親にニンジンをぶら下げられている。
3年になるとパソコンに構っている余裕は無かったし、ちょっと覗こうという時は、お昼休みに生徒会室の端末を使う。スマホもある。今のところ無くても困らない。
「右川さ、ちょっとそこへ立ってみろよ!」
その声の音量に耳を塞ぎながら、「え?立つの?今座ったばっかなんだけど」と、ぶつぶつ言いながらも、右川は素直に立った。
「なに?」と疑ってかかる右川に向かって、
「凄ぇ。奇行種!立っても座ってもホント変わんねーな!」
マズい!と俺は構えた。
わずかに、右川の下顎が持ち上がる。「あ?」
まるでチンピラが因縁を吹っ掛ける前ぶれだ。
「ごめんごめん。分かった分かった。もういいって。座れ座れ!」と上機嫌で剣持が詫びを入れると、右川は肩を叩かれるままに、とりあえず座ったものの、上睨みが止まらない。
ノリと目が合った。距離を取る?間に入る?やっぱ逃げる?
俺達は最悪の事態を想定して、身の振り方を探り合う。
この不穏な空気に、剣持が気付く様子は無い。
「おまえさ、最近やけに真面目じゃん。小っちゃいのにエラいな!」
右川のもじゃもじゃ頭を撫で回した。
あぁ、またまたブチ込んでくれて……これで剣持は闇に堕ちる。
右川がニッと笑った。
案の定、次の瞬間、
「にーさん、そんな事で笑い取れるほど甘くないよ。声でか!ていうか、いつも顔が汚れてんですけど。クズクズクズ……あたしはこの程度でも聞こえますから。あと、小さいとか太ってるとか、女子に向かって体の事言わない方がいいと思うけど。そっちがそれなら、こっちも言うけどさ。クソ天狗。イキってんじゃねーよ。一体どこでゴミ食べたの?」
右川の毒舌シャワーを、剣持が浴びたのは初めてかもしれない。
呆気に取られ、目をパチパチさせて、「今のって全部、俺の事?」と、俺に助けを求めてくる。
重森や永田のように、青筋立ててキレない事がせめてもの救いだった。
「俺の顔、何か付いてる?」
「詳しく分析しなくていいから、そこはスルーしろ」
それは剣持が日に焼けている事を当てこすったのだ。
黒ければ〝汚れてる〟となり、着ている服が赤ければ〝血だらけ〟となる。
右川のそういうパターンは最近、何となく読めてきた。
「右川さん。剣持は天狗でもいいと思うよ」と恐る恐るノリが口を挟んだ。
「そうだよ。持ってる男だ。こいつは」と俺も激しく同調。
剣持ユミタカ。
親がIT系会社の社長取締役。だから、家が金持ち。
バンドで使っている機材はすべて剣持の持ち物である。
剣持家のためだけに、家の前に新しいバス停が出来たとか出来ないとか。
まことしやかに伝えられる逸話は、枚挙にいとまがない。
その親は中学高校と、ずっとPTA会長を歴任していて、ここまで揃ったら、この界隈では恐らく最強だ。そこに諸先輩方々も一目置いている。
おまえ生意気だゾと、剣持がお呼び出しを喰らった事は1度も無い。
というか、怖くて出来ない。
剣持は中学の頃から水泳部に所属している。
だから顔も体も真っ黒に日焼けしているのであって、日サロに通っている訳でもなければ、決して汚れている訳でもない。
「その肌の色だから、こういう高価なアクセが似合うんだよね」と、いつだったか女子が自分の物のようにドヤ顔した事を思い出す。
高価な、ピアスとペンダント。
「高価って、それ程でもねーよ。全部で5万もいかないのに」
剣持は無邪気にも、しれっと言ってくれるのだ。
ここまで突き抜けると、嫌味を通り越していっそ清々しい。
声がでかいのは玉にキズだが、そんな派手なリアクションや整った見た目、プロフィールとは真逆に、仲間内ではノリと同等レベルで常識的な話が通じる男子である。
ピアスもペンダントも、修道院の面接試験ではちゃんと外した。
「全体的に、ちょっと抑えて行けよ」と担任からのアドバイスにも素直に従って、髪型を整え、制服も硬くまとめたらしい。
成績も問題視されるほど悪くはない。授業中は喋らない。ノートもちゃんと取っている。剣持から宿題を写させてくれと頼まれた事は1度も無く、チャラい見た目とは反対に意外と真面目な所があるから、先生にもウケが良かった。
もし生徒会長に立候補していたら、右川なんかよりよっぽど大差でトップ当選間違いない。フザけてそんなご提案をした事もあったが、「親がPTAで、俺が生徒会って、どんだけ独裁なんだよ」と本人は苦笑いでかわして。
余談だが、仲間の砂田という奴は、ピアスをうっかり付けたまま……というか確信して付けて、面接に臨んでいる。
合格ではあったが、当然、後で学校に苦情が来た。大馬鹿者だ。
文化祭では、剣持は誰よりも真剣にバンドの練習に取り組んでいて、見た目といい、将来はそっちの方向に進むつもりかと見ていたら、「嫌でも親の会社だよ」と冷めた答えが返ってくる。
「だからって、あの会社で俺に何ができんだよ。勘弁してくれよマジで」と嘆きつつも、「まあ色々聞いたら、放っとくわけにもいかなくてさ」と突き放しきれずに悩んでいる様子だった。
俺らには分からない世界、こいつなりに色々あるんだろうな。
話題が、ノリが最近買ったというパソコンの話に移った。程なくして、「課題が気になるから」と、ノリはクラスに戻り、俺と右川と剣持の3人になる。
話が途切れたと思ったその時、
「俺さ、実は右川に頼みたい事があって。いいかな」
「え、何?」と訊き返した。それほど、剣持の声に張りが無い。
「右川に……って、いや別に沢村が居てくれてもいいんだけど」
これまたしても剣持にしては声が小さい。
長い付き合いだからこそ分かる。これはシグナルなのだ。
剣持が何か大切な話をする時、声はその重大性に比例して小さくなる。
右川は、「あたしは、いいけど」
「いいよ。俺は構わないよ」
「実は」
剣持が言いにくそうに、さらにさらに小さい声になり、俺も右川も耳を澄ませて近付いた。
その時である。
「ねえ!クリスマスなんだけど、みんなでどっか行かない?」
女子を引き連れて、騒々しく藤谷が現れた。
途端に剣持はコロッと態度変えて、
「沢村はそれどころのクリスマスじゃねぇだろ!奥さんもいるんだし!」
いつもの大声を聴力全開で受け止めた俺はスマホをスッ転がし、同じように横倒しになった右川と共に、キーンとばかりに耳鳴りを味わう羽目になる。
「受験の息抜きだよ。ね?みんなで行こうよ!」
それどころのクリスマスじゃない……剣持は、俺が彼女と過ごすクリスマスを言ってくれたワケだが、それを差し置いて、藤谷は受験という寒い事実だけをすくった。
「どこ行く気なの」と、とりあえず聞いたらば、
「代々木公園!クリスマスに、きゃりー様が野外ライブをするんだよ。1日ぐらい、いいじゃん。沢村も行こうよ。剣持も好きだよね?」
「おうっ!いいね!」と、剣持の大声は響き渡った。
絶ぇーっ対っ、そんな事思ってないだろ!
「単独じゃなくてジョイントなんだけどさ」「え、誰と?」「かまってちゃん」「あ、そいつら。まだやってんだ」「亜里抄の姉ちゃんが超ハマってて。その流れでチケット手に入りそうでさ」と、藤谷は畳み掛けながら、俺の前席にストンと座った。
確か、何かが居たはずだ。何故、藤谷は座れたのか。
そう。それは右川がまたしてもというか、藤谷に席を譲るという卑屈な態度を見せたからだ。
それだけに留まらず、右川はずりずりと微妙に後退している。
俺はそのジョイント野郎に聞き覚えがあった。確か、右川が最近ハマっているとかいうヤツらで、俺を失望のドン底に突き落としてまで、アナタの事がぁ好きぃ~♪と演歌調ひけらかして歌ってたじゃないか。
突き落として、持ち上げる。どういうテクニックなのか。
もう嫌味にしか聞こえない。
今この成り行きで、どうして逃げるのかと不思議だった。
(どうしてそれを本人に直接言わないのか、も含めて。)
「あ!おまえも好きだよな?」
徐々に後ろに後退しつつある右川の制服の袖をつまむ。
強引に引き止めたはいいものの、振り返ったその顔は引きつっていた。
「え?右川も好きなの?きゃりー?かまって?どっち?」
詰め寄る藤谷に向けて、
「え、あ、あたしは……どっ、ちか、っつーと……ジャニーズ系かな♪」
本当の所はキスマイなんだ♪とかキンプリも微妙♪とか。周りに向かってズラズラと垂れ流しながら、俺の引き止めを振り切ってヘラヘラと退がった。
嘘だろ。
「おい!剣持の話がまだ終わってないぞ!」
右川が振り返る。
同時に、剣持に遮られた。
「いやそれは……またでいいや」
小さく、小さく、囁いた剣持である。