俺の彼女は、キスができない。
「ゆっくーん♪」
ほら、またそうやって柚希に近づく。
迷惑なのに。
柚希は、私のことを忘れることができるからか、楽しそう。
チクチクする。心臓がチクリと音を立てる。
「迷惑なのに」
みんなが足を止め、振り返って、私を見てる。気付いた時には、言い終わったあとだった。

山崎さんだけは、ニヤリと笑っていた。
あ、これって山崎さんの計画なんだ。柚希に近づいて、自分のものにするためなんだ。
俯くと、柚希が。
「迷惑とか。嫉妬してんじゃねーよ」
そう言った。
聞き間違いなんかじゃなかった。
ものすごく辛い。私、自分にウソをついていた。
─嫉妬してんじゃねーよ─
そんな言葉、聞きたくなかったっ!
私は商店街のなかを走った。布を縫うようにして。
「柚子ちゃん!」
川下さんが、そう呼んでいたけれど、構ってられない。
思いきり走って、路地裏に入る。
入ったとたん、誰かに手を掴まれた。

「誰なの…?」
息を切らしてたから、掠れた声しか出なかった。
走る私の後ろで、足音が聞こえたのは分かったけど。誰なのかまでは、分からなかった。
「俺だよ。中原」
「な、中原くんが、どうしてここに…?」
振り向かずに、そう聞いた。
中原くんには、関係ないのに。どうして、私を追いかけたの…?
「それは、だね。つまり…」
と言葉から、焦りの文字が浮き出てる。
なんで、中原くんが焦るの?
疑問ばかりで、頭がいっぱいになる。
「だから!好きだから、だよ」
え?今、なんて言ったの?
聞こうとしたけど、無理だった。
なぜなら、私の唇は中原くんの唇で塞がれていたから。
< 55 / 62 >

この作品をシェア

pagetop