悪魔の宝石箱

第十話 共寝

椿の花が落ちるように、異都の冬は唐突にやって来る。

 昨日まで茂っていた植物は枯れ、洞の壁は氷と同じ温度になる。外には灰に似た雪がしんしんと降って、音も生命の色もかき消していった。

「今年も冬が来たな」

 環は顔を上げていろりの向こうの柳石を見た。敷布に片膝を立てて座っていた柳石は、鍋の煮え具合を見ながら言う。

「またずいぶんと寒い。それに長いだろう。……さ、もっとお食べ」

 柳石に勧められて、環は椀に口をつけた。鼻先にきのこの香ばしさが漂う。あと数日で植物はしおれて、これも食べられなくなるだろう。

 二口ほど飲んで、環は椀を下ろす。みつめる柳石の視線を感じながら、環は口を開いた。

「柳石さま、教えて」

 柳石は首を傾ける。環は小さく眉を寄せて言った。

「出会った頃の私はどんな風だった?」
「どうだったろう。今となっては夢のようだ」

 柳石は立ち上がって環の横に席を移すと、彼女の隣からいろりの火を見やる。

「お前の体は何度も赤子からやり直して、何度となく私を拒絶した。私は体の時間はさかのぼらないが、何度も狂ってお前を傷つけた」

 うつむいた環に、柳石は苦笑する。

「忘れてしまったことがたくさんある。だが覚えていることもあるんだ」
「柳石様?」

 環の手から椀を下ろして、柳石は彼女の手のひらを懐かしそうに眺める。

「まだ私たちが地底にいたとき、私はお前にいろいろなものを贈って、私とつがいの化け物となってくれるように誘惑した。死の膝元なら、枯れない花も至福に酔う氷菓子もあった。……けれどお前が私の求婚を受け入れたのは、小さな宝石箱を受け取ったときだった」

 宝石箱と環は言葉にする。柳石はうなずいて、環の手を自らの手で包んだ。

「綺麗な箱だとお前は喜んで、中身を見ないまま私と共寝した。目が覚めたときには、私たちはその箱の中にいた」

 柳石は身を屈めて環に口づけた。

 反射的に身を強張らせた環を胸に収めて、柳石は背をさする。

「ここはお前のために作った地獄で、楽園なんだよ。……大丈夫だ。もう痛むことはしない」

 もう一度柳石が口づけたとき、環の体は奥底がうずいた。

 遠い昔に教え込まれたことが少しずつ蘇るように、環の体がほぐれていく。拒絶の言葉も迷路に入って、出てこなくなる。

 暗い歓喜のような矛盾した感情の間で、柳石の体に身をすり寄せる。

 ……結局、体をつなげたのはいつで、眠りに落ちたのもいつだったか。

 環は境界のない世界で柳石と共寝して、今も宝石箱の中にいる。
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