悪魔の宝石箱
第二話 洞
異都の坑道の先には無数の洞がある。一つの洞には、一組の夫婦の閨があるという。
異都の住民の寿命はとても短い。日に当たることができず、乏しい食料しか口にできないのでは、孫を抱くまで生きるのさえ難しい。
その難しさが、彼らを愛情深くしているのかもしれなかった。ほとんどの子どもは生まれたときに親同士が縁談をまとめ、十代の半ばほどで夫婦となるが、環は不仲な夫婦というものを聞いたことがなかった。子に恵まれなくとも、早くに死別しても、彼らは夜眠るときは必ず二人が結ばれた洞に戻っていく。
環の同い年の少女も、結婚するまでは夫となる少年と喧嘩ばかりしていた。けれど夫婦となってからは、日中の仕事が終わると振り向きもせずに夫との洞へ帰っていく。
洞では何が行われているのだろう。環はたまらなくそれを覗いてみたかったが、洞の中のことは夫婦の秘密だった。
「環、もう一つ」
声をかけられて、環ははっと我に返る。
柳石の膝の上に乗せられて、環は果物を口に運ばれていた。赤く甘酸っぱい実が、環の唇に触れている。
「……お腹いっぱい」
「まだ入るだろう?」
迷いのない口調は、環の内心を見透かしているようだった。確かに、お腹は減っている。だからこそ食べたくないのだ。
「みんなに知られたら……」
この果物は滋養があって喉通りがいい。気がつかない内にたくさん食べてしまう。一粒ずつが貴重な薬で、貧しい家では病気のときにしか買うことはできないのに。
顔を背けようとした環に、柳石はざわつくように喉の奥で笑う。
「洞の中のことを誰かに教えるのか? 悪い子だ、環」
耳をやんわりと噛まれて、環は悲鳴を飲み込んだ。彼の膝をまたぐように座らされて、息が触れる間近でみつめられる。
「口から食べるのはもう飽きたか?」
くすくす笑いながら首を傾げた彼に、環は身を固くする。
また、仕置きの時間。罪悪感で胸が焦げそうなのに体ばかり熱くなる、矛盾したときが始まる。
「親は子に栄養を与えるものだよ。たっぷりとね」
皿に山と盛られた果実。環の目には氷砂糖を浴びて赤黒く熟れたさまが、禍々しい毒薬のように見えた。
「ゆっくりお上がり。なに、お前が知らないだけで、みんな洞の中で秘密の楽しみを持っている」
柳石は一つ果実を取ると、それに舌を這わせて笑う。
それから環を食卓に仰向けに倒して、環の腰布をはぎとった。
異都の住民の寿命はとても短い。日に当たることができず、乏しい食料しか口にできないのでは、孫を抱くまで生きるのさえ難しい。
その難しさが、彼らを愛情深くしているのかもしれなかった。ほとんどの子どもは生まれたときに親同士が縁談をまとめ、十代の半ばほどで夫婦となるが、環は不仲な夫婦というものを聞いたことがなかった。子に恵まれなくとも、早くに死別しても、彼らは夜眠るときは必ず二人が結ばれた洞に戻っていく。
環の同い年の少女も、結婚するまでは夫となる少年と喧嘩ばかりしていた。けれど夫婦となってからは、日中の仕事が終わると振り向きもせずに夫との洞へ帰っていく。
洞では何が行われているのだろう。環はたまらなくそれを覗いてみたかったが、洞の中のことは夫婦の秘密だった。
「環、もう一つ」
声をかけられて、環ははっと我に返る。
柳石の膝の上に乗せられて、環は果物を口に運ばれていた。赤く甘酸っぱい実が、環の唇に触れている。
「……お腹いっぱい」
「まだ入るだろう?」
迷いのない口調は、環の内心を見透かしているようだった。確かに、お腹は減っている。だからこそ食べたくないのだ。
「みんなに知られたら……」
この果物は滋養があって喉通りがいい。気がつかない内にたくさん食べてしまう。一粒ずつが貴重な薬で、貧しい家では病気のときにしか買うことはできないのに。
顔を背けようとした環に、柳石はざわつくように喉の奥で笑う。
「洞の中のことを誰かに教えるのか? 悪い子だ、環」
耳をやんわりと噛まれて、環は悲鳴を飲み込んだ。彼の膝をまたぐように座らされて、息が触れる間近でみつめられる。
「口から食べるのはもう飽きたか?」
くすくす笑いながら首を傾げた彼に、環は身を固くする。
また、仕置きの時間。罪悪感で胸が焦げそうなのに体ばかり熱くなる、矛盾したときが始まる。
「親は子に栄養を与えるものだよ。たっぷりとね」
皿に山と盛られた果実。環の目には氷砂糖を浴びて赤黒く熟れたさまが、禍々しい毒薬のように見えた。
「ゆっくりお上がり。なに、お前が知らないだけで、みんな洞の中で秘密の楽しみを持っている」
柳石は一つ果実を取ると、それに舌を這わせて笑う。
それから環を食卓に仰向けに倒して、環の腰布をはぎとった。