悪魔の宝石箱
第五話 儀式
環が眠れずに夜を越した後、静まり返った朝がやって来た。
柳石は環に朝食を取らせると、手を引いて坑道を歩き出した。荷物といえるほどのものは持っていない。異都の人々が新しい洞に移るときは水や食料を持てる限り持っていくものだが、柳石の引っ越しはいつも身軽だった。
人々は眠りにつき、灯りも残らず消えていた。水の音はやんで、植物も色を落としている。
世界が柳石と環を残して滅んでしまったようだった。
「……こわい」
環がぽつりとつぶやくと、柳石が足を止めて振り向く。
「帰りたい。いや。引っ越しなんてしたくない」
環の言葉は、子どもがわがままを言うように聞こえただろうか。柳石は環の頬を両手でくるんで、あやすように問う。
「どうした、環? 引っ越しなど何度もしただろう?」
いやいやと首を横に振る環を、柳石は不思議そうにみつめる。
「やだ……!」
とうとう泣き出してしまった環を抱き上げて、柳石は彼女の背中をさする。
「よしよし、いい子だ。歩くのはもう嫌か。抱いていってやろうな……」
環は小柄ではあるが、十六歳になる。だが人一人の重さなど意に介さないように、柳石は環を抱えても足取りを緩めなかった。環はしがみつくように柳石に腕を回して、時折しゃくりあげて泣いていた。
やがてたどり着いた新しい洞は、蒼白く光る壁に四方を塞がれていた。肌が粟立つような冷気が立ち込めていて、環は震える。
そこには既に食卓も椅子も置かれていて、生活に必要なものはひととおり揃っていた。けれど冷えた家具が、環には恐ろしかった。
「新居の祝いだ。お食べ」
柳石は環を敷布の上に座らせると、携えていた唯一荷物らしい鞄の中から金属の筒を取り出す。
彼は蓋を開けて環に見せる。中に氷が入っていた。異都では氷は金よりも貴重で、それを甘くして食べるのは子どもたちのあこがれだった。
「食べたくない。眠りたい」
けれど環は顔を背けて、まだ涙の跡が乾かない頬を押し付けるようにして膝を抱えた。
皆と同じように眠りたかった。ぜいたくな甘い菓子がなくてもいい。蛇の毒で割れるような頭痛に苦しんでもいい。そうしたら少なくとも、こんな冷えた静寂の中からは抜けられる。
きし、と環の座る場所が音をたてた。環は思わず顔を上げる。
座ったとき、少し奇妙な感じがしていた。敷布は台の上に広げられていた。椅子よりも広い台で、奇妙に柔らかい。
「眠る前に儀式をしよう」
台がきしんだのは、柳石が環の足の間に膝をついたからだった。まるで環の足を閉じさせないような仕草で、環はつっと冷たい汗が流れる。
「り、柳石……さま」
「私から逃れようとするなら仕方がない」
柳石は環にのしかかるように組み敷くと、環の腰布をはぎとって足を曲げさせる。
「……私を嫌わないでくれるか」
彼がつぶやいた言葉は、子どものように聞こえた。彼のそんな声音は知らなくて、環は聞き間違いだと思った。
無理だろうな。柳石はあきらめたように言って、次の瞬間環は悲鳴を上げていた。
「ひ……う! 痛い、いやぁ……!」
環がきしむような痛みに手足をひきつらせても、柳石は身を進めるのをやめない。環は何が起こっているのかもわからず、逃れるすべも知らなかった。
「痛いよ、やだ……ぁ!」
環の懇願は聞き入れられず、柳石は隙間なく環の身に自らを沈めてから彼女を見下ろす。
「これで私たちは夫婦になった。環、お前は私の妻だ」
「つ……ま?」
涙をぽろぽろとこぼしながらおぼつかない呼吸を繰り返す環に、柳石は深く口づける。
「夫婦は死ぬまで離れない」
異都の残酷な真実を告げて、柳石は律動を開始した。
柳石は環に朝食を取らせると、手を引いて坑道を歩き出した。荷物といえるほどのものは持っていない。異都の人々が新しい洞に移るときは水や食料を持てる限り持っていくものだが、柳石の引っ越しはいつも身軽だった。
人々は眠りにつき、灯りも残らず消えていた。水の音はやんで、植物も色を落としている。
世界が柳石と環を残して滅んでしまったようだった。
「……こわい」
環がぽつりとつぶやくと、柳石が足を止めて振り向く。
「帰りたい。いや。引っ越しなんてしたくない」
環の言葉は、子どもがわがままを言うように聞こえただろうか。柳石は環の頬を両手でくるんで、あやすように問う。
「どうした、環? 引っ越しなど何度もしただろう?」
いやいやと首を横に振る環を、柳石は不思議そうにみつめる。
「やだ……!」
とうとう泣き出してしまった環を抱き上げて、柳石は彼女の背中をさする。
「よしよし、いい子だ。歩くのはもう嫌か。抱いていってやろうな……」
環は小柄ではあるが、十六歳になる。だが人一人の重さなど意に介さないように、柳石は環を抱えても足取りを緩めなかった。環はしがみつくように柳石に腕を回して、時折しゃくりあげて泣いていた。
やがてたどり着いた新しい洞は、蒼白く光る壁に四方を塞がれていた。肌が粟立つような冷気が立ち込めていて、環は震える。
そこには既に食卓も椅子も置かれていて、生活に必要なものはひととおり揃っていた。けれど冷えた家具が、環には恐ろしかった。
「新居の祝いだ。お食べ」
柳石は環を敷布の上に座らせると、携えていた唯一荷物らしい鞄の中から金属の筒を取り出す。
彼は蓋を開けて環に見せる。中に氷が入っていた。異都では氷は金よりも貴重で、それを甘くして食べるのは子どもたちのあこがれだった。
「食べたくない。眠りたい」
けれど環は顔を背けて、まだ涙の跡が乾かない頬を押し付けるようにして膝を抱えた。
皆と同じように眠りたかった。ぜいたくな甘い菓子がなくてもいい。蛇の毒で割れるような頭痛に苦しんでもいい。そうしたら少なくとも、こんな冷えた静寂の中からは抜けられる。
きし、と環の座る場所が音をたてた。環は思わず顔を上げる。
座ったとき、少し奇妙な感じがしていた。敷布は台の上に広げられていた。椅子よりも広い台で、奇妙に柔らかい。
「眠る前に儀式をしよう」
台がきしんだのは、柳石が環の足の間に膝をついたからだった。まるで環の足を閉じさせないような仕草で、環はつっと冷たい汗が流れる。
「り、柳石……さま」
「私から逃れようとするなら仕方がない」
柳石は環にのしかかるように組み敷くと、環の腰布をはぎとって足を曲げさせる。
「……私を嫌わないでくれるか」
彼がつぶやいた言葉は、子どものように聞こえた。彼のそんな声音は知らなくて、環は聞き間違いだと思った。
無理だろうな。柳石はあきらめたように言って、次の瞬間環は悲鳴を上げていた。
「ひ……う! 痛い、いやぁ……!」
環がきしむような痛みに手足をひきつらせても、柳石は身を進めるのをやめない。環は何が起こっているのかもわからず、逃れるすべも知らなかった。
「痛いよ、やだ……ぁ!」
環の懇願は聞き入れられず、柳石は隙間なく環の身に自らを沈めてから彼女を見下ろす。
「これで私たちは夫婦になった。環、お前は私の妻だ」
「つ……ま?」
涙をぽろぽろとこぼしながらおぼつかない呼吸を繰り返す環に、柳石は深く口づける。
「夫婦は死ぬまで離れない」
異都の残酷な真実を告げて、柳石は律動を開始した。