地味子ちゃんと恋がしたい―そんなに可愛いなんて気付かなかった!
12.凛との突然の別れ!
もう2月も末になっていた。夕刻から雨が降って肌寒くて滅入るような夜が来る。こんな夜は人肌が恋しくなる。凜と一緒に過ごしたいと思った。海外出張が入ったりして、前の日から随分日数が空いてしまった。

電話で都合は聞いた。時間をつぶすのに疲れて店へ向かう。もう11時を過ぎている。看板の明かりが点いていた。ドアを開けるともう客はいなかった。

「丁度いいころにいらっしゃったのね。今、閉めるところだったの」

いつものように、すぐに表の看板の明かりを落として、ドアにカギをかける。

「水割りを一杯作ってくれる?」

「ゆっくりしていって下さい。お話ししたいことがあります」

「ああ、話って何?」

「後でお話します」

水割りを空けると、促されて部屋に行って、いつものようにシャワーを浴びる。凛がすぐに入ってきて身体を洗ってくれる。僕も身体を洗ってあげる。

二人は待てなくなって急いで浴室を出てベッドへ向かう。久しぶりに愛し合う。今日の凛はいつもよりも積極的だった。

抱きついたまま離れようとしない凛を強く抱き締める。

「今日、来てくれてよかった。最後のお別れができて」

「最後のお別れって?」

「私、今月いっぱいで店を閉めることにしたの。結婚することになったから」

「結婚! ええ、誰と?」

「あなたにはいつか言ったことがあると思うけど、もう一人あなたのように3軒目まで通ってくれた人がいたの」

「実はあなたとほとんど同じころに偶然にお店に来て」

「ほとんど同じころ? 偶然に? 不思議だけど何かのご縁だね」

「泊っていくと聞いたら、すぐに交際を申し込まれたの。足を洗ったのなら、普通に付き合ってほしいと言って」

「それで」

「普通のお付き合いなんてずっとしたことがなくて、いいかなと思って、休みの日に会うことにしたの」

「プロポーズされたのはいつごろ?」

「先月のはじめ。最初はお断りしたの、ああいう商売をしてきたからできませんと。でも、それは承知の上だからと言われました」

「君をすごく気に入っていたんだね」

「あなたと同じように私といると癒されると言ってくれていました」

「やっぱり、そうか」

「彼は45歳、10年前に奥さんを亡くされて、娘さんがいたので、一人で育てて、今年大学を卒業して社会人になって一人立ちしたとか。2週間前に会わせてもらいました」

「どうだった」

「彼は私のことを水商売していたことがあってその時に知り合ったと話していたみたい。確かに水商売だけど」

「それで」

「娘さんから、父は私を育てるために一人で頑張ってくれたので幸せになってもらいたいと思っていますので、これからよろしくお願いしますと言われました」

「父親思いの理解のある娘さんだね」

「私も母親が早く亡くなって父親に育てられたから、娘さんの気持ちは分からないでもないわ。私の父は再婚もしないで、私をそれは可愛がってくれた。だから父の借金を返すために風俗で働くことにしたの」

「はじめて聞いた。何で働いているのなんて、あえて聞かないからね」

「借金は1年で返せた。でも止められなかった」

「どうして?」

「お金も入るし、Hが好きだと分かったから」

「確かに好きでないと続かない仕事かもしれないね」

「でもね、いやな人でも相手をしなくちゃいけないし、いつも好みの相手を待っていることがいやになってきて。今でもそう、あなたを待っているのが、待つことしかできなくなっている自分がいやになって」

「それでプロポーズを受け入れた?」

「待っていなくとも、彼はいつでもそばにいてくれるから」

「ごめん、そんな思いをしているとは気づかなかった。僕は自分のことしか考えていなかった」

「あなたにはあなたの生き方があるから、それでいいのよ」

「それでこれからどうするの?」

「店を閉じて、彼の家で二人一緒に住むことにしたの。主婦をしてほしいというの。主婦ってしたことがないから務まるかしら」

「君は料理が上手だから務まるよ」

「主婦になるなんて考えもしなかった」

「嬉しいんだろ」

「普通の暮らしをしてみたいと思っていたの。もうあきらめていたけど」

「よかったじゃないか。おめでとう。もう会えなくなるけど、幸せになってくれ。どこかのスナックに入ったら、また君がいたなんてことがないようにね」

「一緒に暮らしていけるかどうか分からないけど、彼とやってみると決めたの。彼のためにも、私のためにも」

「僕は君が好きだけどプロポーズはできなかった。俺はそういう男だ。彼のような勇気がないんだ」

「あなたはこんな私を好きになってくれた。私はそれだけで十分で、それだけでよかったのよ」

「でも、僕はとても彼には及ばない。いい男だよ、彼は。大事にしないといけないね」

「分かっています」

凛はまた抱きついて来た。最後の逢瀬を惜しむように何度も何度も愛し合った。彼女は僕を好いていてくれた。でも僕はそれが分からずに待たせてばかりいた。自分のことばかり考えていた。失うことになってから分かった。僕は本当に彼女が好きだった。でも自分のものにする勇気がなかったんだ。

翌朝、目覚めると凜はいつものように朝食を作ってくれた。きっといい奥さんになれる。そして別れ際、いつものように握った何枚かの紙幣を彼女の手に握らせた。僕にはこんなことしかできなかった。だから彼女を失ったんだ。さようなら!

僕はいつもこうだ。勇気がなくて、大事なものを失ってしまう。大学を卒業してすぐのころ、学生時代から付き合っていた娘がいた。お互いに好意を持っていた。でも上京した僕にはもう一歩進む勇気がなかった。好きだと言わなかった、言えなかった。

迷いがあったんだ。その迷いが何だったのか今もよく分からない。でもきっと若かったからだろう。今ならきっと好きだと言っていたと思う。

そんな僕に不安があったに違いない。突然他の男にプロポーズされて彼女は受け入れた。後からそれを聞いて僕は唖然とした。

裏切られたと言うより、勇気のなかった自分を恥じて責めた。まして、その人との結婚をやめて僕と結婚してくれと言う勇気なんてなかった。ただ、ただ、あきらめるだけだった。

もうあんなことはこりごりだと思っていたが、また、大事な人を失った。そういえば、凛と彼女はどことなく面影が似ていた。

あの夜、その人との結婚はやめて僕と結婚してくれとは言えなかった。やはり言う勇気がなかった。そう言ったらどうだったろう。凜は受け入れてくれただろうか?

その時、僕はそんなことも言えずに、聞き流すようにただ受け入れただけだった。ますます気が滅入る。自己嫌悪に落ちてゆく。いつも自分のことばかリ考えていて、自分よがりの壁を作っていて、その壁を勇気がなくて乗り越えられなくて、大事な人を失う。

もう考えるのはよそう。辛いだけだ。僕には僕の生き方しかできない、変えられない!
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