地味子ちゃんと恋がしたい―そんなに可愛いなんて気付かなかった!
18.イケメン新庄君の恋!
月曜日の昼休みに野坂さんから内線電話が入る。
「どうだったの? まさかすぐに手を出したんじゃないわよね」
「僕はジェントルマンだからそういうことは絶対にない」
「彼女は一途だから真面目に付き合わないとだめよ」
野坂さんは地味子ちゃんをもう自分の妹のように思っているようだ。それはそれで良いことだ。
「分かっている。言われるまでもないさ」
「あなたの性格だから思いつめているんじゃないの?」
「少しはね」
「まあ、うまくやって、口外はしないから。彼女にも言っておいたけど」
「聞いた。ありがとう」
「うまくいくことを期待しているわ」
野坂さんに言われて吹っ切れた。少しだけ、彼女には悪いことをしたと思っていたからだ。彼女と付き合っていなかったとは言い難いところはあった。
時々飲みに行っていたそれだけの関係だったけれど、ただ、僕がその気になって一押しすればその場の雰囲気次第では何かあったかもしれないような微妙な間柄だったと思う。
地味子ちゃんはそれを薄々感じとっていて、先手を打ったのかもしれない。いや、そこまで気が回らないだろうが、結果的には、結論が早く出た形になった。これは地味子ちゃんの作戦どおりなのかも知れない。
丁度、新庄君が席に戻ってきたのが見えた。近づいて小声で囁く。新庄君には内々に地味子ちゃんとのことを話しておいた方が良いと思っていた。
「新庄君、今週空いている日があったら一杯飲まないか?」
「良いですね、少し相談したいこともあるので、丁度良かったです」
「いつがいい?」
「水曜日と木曜日は空いています」
「じゃあ、水曜日の夜、7時に駅前の居酒屋でどうかな?」
「いつもの居酒屋ですね。じゃあ7時に」
***
水曜日は仕事が早く片付いたので7時前には居酒屋に着いた。後でもう一人来るからと言って、奥のテーブル席で待つことにした。まず、瓶ビールと焼き鳥を注文した。今日は前回の失敗に懲りて、お酒はビール、肴は火の通ったものに決めている。丁度7時に新庄君が店に現れた。
「磯村さん、早いですね」
「仕事が意外と早く片付いたから、先にやっていた。飲み物は?」
「僕も瓶ビールで、つまみはやはり焼き鳥」
「マネするなよ」
「磯村さんのように急性腸炎にならないように気を付けたいので」
「そうだ、確かあの時の一次会はここだったから、気を付けるに越したことはない」
「まずは一杯。相談したいことって何? でも、こちらから質問がある。あれから米山さんとどうなった?」
「二人にされて、場所を変えて話をしました」
「それでどうだった」
「それで、米山さんからずっと好きだったから付き合ってほしいと言われました」
「それで?」
「断りました」
「彼女は可愛く変身していて素敵だったけど、どうして断った」
「実は僕には好きな人がいるんです!」
「ええ、そうなの。誰? 会社の人?」
「今日の相談と言うのはそのことなんですが」
「付き合っている人についての相談か?」
「付き合っていません。片思いです」
「へー君も片思いか! いったい誰だい?」
「その前に、聞いておきたいことがあるんですが?」
「磯村さんと野坂先輩とはどういう関係ですか?」
「どういう関係と言われても、同期の仲間だけど、少なくとも男女の関係にはないね」
「そうですか」
「ひょっとして、お前」
「そうです。野坂先輩です」
「お前! どうして野坂さんが好きなんだ?」
「大学時代からの憬れの人なんです」
「3年も先輩だろう」
「サークルが同じでした。僕が1年の時に4年生で、なんて素敵な人だろうと思いました」
「それで」
「4年生はすぐにサークルからいなくなったので、就職先までは知らなかったのですが、ここに入社したら同じ会社と分かって驚きました。これは運命だと」
「それは大げさで、思い込みだ」
「仕事をしているのを見かけると段々と思いが募って来たんです」
「新製品の開発担当をしていると会う機会も確かに増えるからね」
「このごろは、本当に運命ではと思うようになってきました」
「まあ、それはそれとして、好きだと告白したのか?」
「きっと断られると思いますし、それが怖くて、とてもできません。できるくらいならこんな相談しません。こんな場合どうしたら良いかの相談です」
「これは二人の問題だ。他人がどうこう言う話ではないと思うけど」
「知恵を貸してください」
「ううん、じゃあ、俺の経験から忠告しよう。お互いに知らない間柄ではないのだから、勇気を出して直接告白した方が良い。運命と思うならなおさらだ。物事、正面突破がベストだ。いろいろ小細工してもどうにもならないことがあるけど、正面から堂々とぶち当たればすんなりいくことも多い。仕事もそうだろう。策を弄すよりも正面から正々堂々と行くと良い結果が出ることが多い。決心して勇気を出してダメもとで告白したらどうかな」
「他人事だからそう言えるんです」
「これは自分の経験からのアドバイスだ。つい最近のことだけどうまくいった」
「そうなんですか?」
「これ以上はもうどんな知恵もない」
「そうですか、じゃあ勇気を出してダメもとでやってみますかね」
「まあ、勇気を出して頑張ってみるといい、運命と信じているならなおさらだ。きっとうまくいく」
「ところで、磯村さんがうまくいったことって何ですか?」
「今のところ秘密にしておくけど、そのうち分かる時が来る。驚くかもしれないけどね」
「楽しみにしています」
「そちらの結果もね」
新庄君は隣のグループだが、プロジェクトの関係で一緒に仕事をするようになった。真面目な性格であることは分かっている。野坂さんと同じ有名大学の卒業で、頭も切れて、秀才の趣がある。
進学で有名な都内の私立中学・高校から大学へと進んだと聞いている。家は奥沢にある1戸建てで、一人息子で両親と同居しているという。見た目は凄くスマートでカッコよく、いわゆるイケメンだ。地味子ちゃんが憬れたのも無理はない。
ただ、どちらかというと草食系というか、今まで順調に来ただけに、ひ弱で打たれ弱い一面もある。だから、できるだけサポートしてやっている。一人っ子なので兄貴みたいに思われているのかもしれない。時々仕事の相談を受けるようになり、それで飲む機会も増えた。
新庄君には僕たちが交際を始めたことを話しておこうと思っていたが止めた。新庄君は地味子ちゃんには全く関心のないことが分かったからだ。二人の関係はできるだけ内密にしておくに限る。今日は週も半ばなので、ほどほどに飲んで食べて帰宅した。丁度、地味子ちゃんからメールが入る。
[今日は飲みに出かけたそうですが、お腹の具合は大丈夫ですか?]
[大丈夫、飲み過ぎと食べ過ぎに注意したから。ところで今度の土曜日どこかへ行こうか?]
[スカイツリーに行きたい]
[了解。集合場所と時間をあとで知らせてくれる?]
[分かりました。おやすみなさい]
[おやすみ]
「どうだったの? まさかすぐに手を出したんじゃないわよね」
「僕はジェントルマンだからそういうことは絶対にない」
「彼女は一途だから真面目に付き合わないとだめよ」
野坂さんは地味子ちゃんをもう自分の妹のように思っているようだ。それはそれで良いことだ。
「分かっている。言われるまでもないさ」
「あなたの性格だから思いつめているんじゃないの?」
「少しはね」
「まあ、うまくやって、口外はしないから。彼女にも言っておいたけど」
「聞いた。ありがとう」
「うまくいくことを期待しているわ」
野坂さんに言われて吹っ切れた。少しだけ、彼女には悪いことをしたと思っていたからだ。彼女と付き合っていなかったとは言い難いところはあった。
時々飲みに行っていたそれだけの関係だったけれど、ただ、僕がその気になって一押しすればその場の雰囲気次第では何かあったかもしれないような微妙な間柄だったと思う。
地味子ちゃんはそれを薄々感じとっていて、先手を打ったのかもしれない。いや、そこまで気が回らないだろうが、結果的には、結論が早く出た形になった。これは地味子ちゃんの作戦どおりなのかも知れない。
丁度、新庄君が席に戻ってきたのが見えた。近づいて小声で囁く。新庄君には内々に地味子ちゃんとのことを話しておいた方が良いと思っていた。
「新庄君、今週空いている日があったら一杯飲まないか?」
「良いですね、少し相談したいこともあるので、丁度良かったです」
「いつがいい?」
「水曜日と木曜日は空いています」
「じゃあ、水曜日の夜、7時に駅前の居酒屋でどうかな?」
「いつもの居酒屋ですね。じゃあ7時に」
***
水曜日は仕事が早く片付いたので7時前には居酒屋に着いた。後でもう一人来るからと言って、奥のテーブル席で待つことにした。まず、瓶ビールと焼き鳥を注文した。今日は前回の失敗に懲りて、お酒はビール、肴は火の通ったものに決めている。丁度7時に新庄君が店に現れた。
「磯村さん、早いですね」
「仕事が意外と早く片付いたから、先にやっていた。飲み物は?」
「僕も瓶ビールで、つまみはやはり焼き鳥」
「マネするなよ」
「磯村さんのように急性腸炎にならないように気を付けたいので」
「そうだ、確かあの時の一次会はここだったから、気を付けるに越したことはない」
「まずは一杯。相談したいことって何? でも、こちらから質問がある。あれから米山さんとどうなった?」
「二人にされて、場所を変えて話をしました」
「それでどうだった」
「それで、米山さんからずっと好きだったから付き合ってほしいと言われました」
「それで?」
「断りました」
「彼女は可愛く変身していて素敵だったけど、どうして断った」
「実は僕には好きな人がいるんです!」
「ええ、そうなの。誰? 会社の人?」
「今日の相談と言うのはそのことなんですが」
「付き合っている人についての相談か?」
「付き合っていません。片思いです」
「へー君も片思いか! いったい誰だい?」
「その前に、聞いておきたいことがあるんですが?」
「磯村さんと野坂先輩とはどういう関係ですか?」
「どういう関係と言われても、同期の仲間だけど、少なくとも男女の関係にはないね」
「そうですか」
「ひょっとして、お前」
「そうです。野坂先輩です」
「お前! どうして野坂さんが好きなんだ?」
「大学時代からの憬れの人なんです」
「3年も先輩だろう」
「サークルが同じでした。僕が1年の時に4年生で、なんて素敵な人だろうと思いました」
「それで」
「4年生はすぐにサークルからいなくなったので、就職先までは知らなかったのですが、ここに入社したら同じ会社と分かって驚きました。これは運命だと」
「それは大げさで、思い込みだ」
「仕事をしているのを見かけると段々と思いが募って来たんです」
「新製品の開発担当をしていると会う機会も確かに増えるからね」
「このごろは、本当に運命ではと思うようになってきました」
「まあ、それはそれとして、好きだと告白したのか?」
「きっと断られると思いますし、それが怖くて、とてもできません。できるくらいならこんな相談しません。こんな場合どうしたら良いかの相談です」
「これは二人の問題だ。他人がどうこう言う話ではないと思うけど」
「知恵を貸してください」
「ううん、じゃあ、俺の経験から忠告しよう。お互いに知らない間柄ではないのだから、勇気を出して直接告白した方が良い。運命と思うならなおさらだ。物事、正面突破がベストだ。いろいろ小細工してもどうにもならないことがあるけど、正面から堂々とぶち当たればすんなりいくことも多い。仕事もそうだろう。策を弄すよりも正面から正々堂々と行くと良い結果が出ることが多い。決心して勇気を出してダメもとで告白したらどうかな」
「他人事だからそう言えるんです」
「これは自分の経験からのアドバイスだ。つい最近のことだけどうまくいった」
「そうなんですか?」
「これ以上はもうどんな知恵もない」
「そうですか、じゃあ勇気を出してダメもとでやってみますかね」
「まあ、勇気を出して頑張ってみるといい、運命と信じているならなおさらだ。きっとうまくいく」
「ところで、磯村さんがうまくいったことって何ですか?」
「今のところ秘密にしておくけど、そのうち分かる時が来る。驚くかもしれないけどね」
「楽しみにしています」
「そちらの結果もね」
新庄君は隣のグループだが、プロジェクトの関係で一緒に仕事をするようになった。真面目な性格であることは分かっている。野坂さんと同じ有名大学の卒業で、頭も切れて、秀才の趣がある。
進学で有名な都内の私立中学・高校から大学へと進んだと聞いている。家は奥沢にある1戸建てで、一人息子で両親と同居しているという。見た目は凄くスマートでカッコよく、いわゆるイケメンだ。地味子ちゃんが憬れたのも無理はない。
ただ、どちらかというと草食系というか、今まで順調に来ただけに、ひ弱で打たれ弱い一面もある。だから、できるだけサポートしてやっている。一人っ子なので兄貴みたいに思われているのかもしれない。時々仕事の相談を受けるようになり、それで飲む機会も増えた。
新庄君には僕たちが交際を始めたことを話しておこうと思っていたが止めた。新庄君は地味子ちゃんには全く関心のないことが分かったからだ。二人の関係はできるだけ内密にしておくに限る。今日は週も半ばなので、ほどほどに飲んで食べて帰宅した。丁度、地味子ちゃんからメールが入る。
[今日は飲みに出かけたそうですが、お腹の具合は大丈夫ですか?]
[大丈夫、飲み過ぎと食べ過ぎに注意したから。ところで今度の土曜日どこかへ行こうか?]
[スカイツリーに行きたい]
[了解。集合場所と時間をあとで知らせてくれる?]
[分かりました。おやすみなさい]
[おやすみ]