極上御曹司に求愛されています
第四章
悠生とアマザンホテルで非現実的な時間を過ごした翌日から、芹花は文字通り目が回るような忙しい日々を過ごしている。
体調を崩した同僚の仕事をいくつか引き受けたのだが、予想以上に大変だった。
「天羽さん、請求書の発送と入金の確認をお願いできる? 私、今から裁判所で待ってる日高先生に書類を届けて、そのまま新幹線に乗るから」
パソコンに数字を入力している芹花の手元に、厚みのある書類の束が置かれた。
見上げれば、ベテラン事務社員の二宮だった。
所長以上に事務所のことに詳しいしっかり者の女性で、誰からも慕われている。
この夏五十歳を迎え、来月には初孫が誕生するらしいが、ますます精力的に仕事をこなしている。
芹花は書類を手にし、内容を確認した。
「はい、大丈夫です。この入力が終わったらすぐに取りかかります」
「ごめんなさいね。昨日も終電帰りだったのよね。所長に何度も事務社員を増やしてほしいってお願いしてるんだけど、なかなか決まらないみたいで」
仕事柄機密事項も多いことから、採用には慎重になるらしい。
法律の力を借りようとする人の多くは立場が弱く疲弊している。
そんな人と接する仕事だ、信頼できる人でなければ採用しないと所長は言っていた。
芹花はそんなことを耳にするたび、イラストが気に入られただけで採用が決まった自分は幸運だったと思う。
「じゃあ、よろしくね。来週にでもおいしいランチをごちそうさせて。あ、何かあったら連絡いれてちょうだい」
後半は、芹花だけでなく事務所にいる人たちみんなに向けての言葉。
「了解でーす」「お気を付けて」という言葉が飛び交う中、二宮は事務所を飛び出した。
いつも忙しそうにしているが、誰にでも同じ態度で接し、機嫌が悪い時などない彼女を、芹花は尊敬していた。
イラスト集出版の話が出版社から持ち込まれた時に、所長と共に芹花の背中を押したのも二宮だった。
ただでさえ仕事量が多く忙しい中、本業に関係のないことで事務所に迷惑をかけたくなかったのだが、そんな芹花の気持ちは二宮によってあっさりと切り捨てられた。
『弁護士の力が必要なのに、一歩踏み出せない人は多いと思うの。イラスト集がその人の手元にあれば、うちの優秀な弁護士先生にSOSを送ることができるかもしれない。法律に助けられるきっかけなんて、何でもいいの。イラスト集が法律事務所との接点を作る最初の一歩になれば素敵でしょ? だから、本業に関係ないなんて言っちゃだめ。実際に弁護する弁護士だけがうちの事務所を支えているわけじゃないもの』
断るなんて論外だとばかりに熱い言葉で芹花を説得した二宮は、事務所の誰よりも発売を楽しみにしている。