極上御曹司に求愛されています
「入力完了」
パソコンのエンターキーを押してデータを保存し、芹花は座ったまま両手を伸ばして体をほぐした。
朝から数件の裁判資料の入力を続けていた体は強張っている。
二宮から頼まれた書類の厚みが目に入り、しばらくはこの強張りから解放されそうもないと苦笑する。
時計を見れば十四時を過ぎたばかりだが、今日は残業決定だ。
コーヒーを淹れようと席を立った時、部屋の入口から芹花を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、橋口が芹花を手招いていた。急いでいるのか手の動きがやけに速い。
「そんな焦った顔をして、どうしたの?」
橋口に駆け寄った芹花は、橋口の手にイラスト集の見本があるのに気づく。
「あれから、何か変更でもあった?」
「いや、そうじゃないんだけどさ。今、出版社からオビのことで連絡があったんだ」
「オビ?」
「ああ、これのこと」
橋口は手にしていた見本を芹花に見せると、本の下の部分にベルトのように巻かれている真っ白の紙を指さした。
「あ、わかる。キャッチコピーとか書いてあるよね」
「そうそう。これはサイズ感を見るために巻いてみたんだけどさ、実際にはイラストの感想とか、芹花が言ったみたいにキャッチコピーを入れることになってる」
「うん。わかった。で、それがどうしたの?」
橋口の落ち着かない様子に、芹花は首をかしげた。
「うちの事務所のHPに寄せられたイラストの感想の中からいいものをピックアップして使うことになってたんだけどさ、出版社から連絡があって、オビのコメントをある人に依頼することになったんだ」
「ある人って誰? もしかして、所長?」
真っ先に浮かんだのは、イラスト集発売の旗振り役とでもいうほど熱心に企画をすすめていた所長の顔だ。
けれど、それは違うようで、橋口は苦笑しながら首を横に振っている。
「出版社が発行している雑誌で専属モデルをしている竜崎楓がこのイラスト集のことを編集部で聞いて、大騒ぎしたらしい」