極上御曹司に求愛されています
これほどの話題を呼び予想通りの売り上げを出せば、第二弾を出すこともあり得る。
そうなれば、橋口が言うように、マスコミによって作者が芹花であることが暴露されるのも時間の問題だろう。
芹花はがっくり肩を落とし、唇をかみしめた。
「サイン会の話はちょっと待って。前向きに考えてみる」
ため息交じりの芹花の言葉に、橋口は眉を上げた。
まだ決心したわけではなさそうだが、これまで頑なに顔出しNGと言い続けていた芹花の心境に変化があった。
橋口は、今はそれで十分だと思った。
誰だって、名前や顔を世間に知られるとなれば不安になるのだから、仕方がない。
「なにか困ったことがあれば相談にのるけどさ、いざとなったら百人以上の弁護士がついてるんだ。天羽を守ってくれるから大丈夫」
橋口の軽やかな言葉が、芹花の心をじわりとほぐしていく。
「たしかにその通りだね。単なる百人じゃなくて、国内有数のやり手弁護士百人だもん、心配することもないか」
暗い影が差していた芹花の顔が、ほんのり赤みを帯びた。
黒目がちな瞳がいっそう大きく開き、笑みを浮かべた芹花を、橋口はまじまじと見つめた。
こんな華やいだ雰囲気をまとう芹花を見るのは初めてだ。
とはいっても、華奢で手足が長く、小さな顔にバランスよく収まった瞳や唇は誰が見てもかわいらしい。
事務所内でも密かに芹花に好意を抱く弁護士は何人もいるが、芹花がそれに気づくことはない。
仕事と勉強に忙しくてそれ以外に気持ちが回らないようだったが、とうとう芹花にも恋人ができたようだ。
それも極上すぎる男のようだが、見方を変えれば簡単に付き合いを公表できる相手でもない。
芹花にようやく恋人ができたとホッとする反面、いつも不安気で自分に自信が持てない芹花を、兄のような気持ちで見守ってきた橋口にとって、芹花の恋人が信用できるに足る男なのかどうか、気になった。
「とりあえず、ロッカーからスカーフを取ってくるね」
芹花は照れくさそうにそう言ってロッカー室に向かった。
「まあ、あれだけ愛されてるなら大丈夫だな」
弾む足取りでパーティションの向こうに消える芹花を見ながら、橋口は肩をすくめた。